第32話 あかね色の部屋(ホラー)前編

 私が通っていた中学校には、『音楽室に女の幽霊が出る』という噂話があった。


 その話は、七不思議には入っていないが、生徒全員が知っているような有名な話だ。ただ、学校の中には他にも、色々なものがうろついているのに、何故その中の1つだけが有名になるのかが、私にはよく分からなかった。


 それに、私は霊感があるので、何かがいるのなら、音楽の授業の時に、気付くはずだ。しかし、意識を集中してみても、何も感じない。


 ———まぁ、どこかの学校の七不思議に似せた、作り話なんだろうな。


 そんな風に思っていた。音楽室は、妙な気配は感じないし、陽当たりが良くて、心地良い。音楽室へ行くと、いつも眠くなり、あくびばかりしてしまう。


 勉強はあまり好きではないので、どの授業でも眠くはなるが、音楽の授業の時はずっとウトウトとしていて、授業の事はあまり覚えていない。





 文化祭が近付いていた、ある日の夕方。

 

 部活が終わり、帰ろうとすると、同じクラスの友人に呼び止められた。


「なぁ。帰る前に、社会のプリントを見せてくれよ」


「社会って……?」


「はぁ? このプリントだよ。もらっただろ?」


 友人は、見覚えのある紙をヒラヒラとさせながら、私に見せる。


「あぁ……。そういえば、あったね。忘れてた」


 その紙は、翌日に提出する予定の宿題だったが、私の記憶からはすっかり消えてしまっていた。


 覚えていないということは、教室の机の中にあるはずだが、夕方の校舎には入りたくない。夕陽を通すと、ようになるからだ———。


 すると友人が、私の肩をぽん、と叩いた。


「この宿題は、結構時間が掛かりそうだぞ。だから、見せてくれって言ったんだよ。教室にあるなら、取りに行った方がいいんじゃないのか?」


 ———まぁ、そうだよな。


 たしかに、友人の言う通りだ。明日の朝に、誰かの宿題を見せてもらって、すぐに写せるくらいならいいが、時間が掛かるなら、夜にやっておいた方がいい。放課後に居残りをさせられる方が、面倒くさいような気がする。


 私はそこで友人たちとは別れ、1人で教室へ向かった。


 もう誰もいなくなった教室で、机の中にあるものを全部出すと、ぐしゃぐしゃになったプリントが出てきた。


 ———あった! 良かったぁ……。


 これで、先生に怒られずに済む。そう思った時、茜色の光が顔に当たった。片目をつむって、窓の外に目をやると、先程までは明るいオレンジ色だった空が、茜色へ変わっている。


 ———嫌な時間になったな……。早く、家へ帰ろう。


 私は小走りで教室から出た。すると、廊下の突き当たりにある音楽室には、人影がある。もう誰も残っていないと思っていたので驚いたが、すぐに、もうすぐ文化祭がある、ということを思い出した。おそらく、その為の練習をしているのだ。


 私が音楽室の入り口を見つめていると、女生徒2人が、大きな声で話をしながら出てきた。手には楽譜がくふを持っているので、やはり、ピアノの練習をしていたのだろう。


 そして話が盛り上がり過ぎて、忘れてしまったのか、女生徒たちは、音楽室の扉を開けっぱなしにしたままで、階段を下りて行った。


 ———えっ? あのままにしておいて、いいのかな……?


 別に、自分のせいではないので、放っておいてもいいような気もするが、気になった私は、音楽室へ向かった。


 音楽室の中をのぞくと、そこには上品な感じの、薄いピンクのワンピースを着た女性がいた。髪は茶色で、肩までの長さだ。


 ———あぁ、人がいたのか。


 女生徒たちは、まだ中に人が残っているから、音楽室の鍵を閉めなかったのだろう。


「こんにちは」


 笑顔で挨拶をしてくれた女性は、知っている人だったので、私は音楽室の入口に立ったままで、女性と話をしていた。

 

 そんなに長い時間ではないが、秋口にしては薄着だったので、次第に身体は冷えて行く。上着を持っていなかった私は、チラリと窓の外へ目をやった。すると、


「ねぇ。ピアノとフルートって、どっちが好き?」


 女性は私を見ながら、首をかしげる。しかし私は、フルートを吹いたことがないので、どちらがいいかと訊かれても、分からない。


「どっちかっていうと……ピアノかな?」


 ピアノしか選択肢がなかった私がそう答えると、女の人は、ふーん、と鼻を鳴らす。


「私は、前にピアノで怪我をしたことがあるから、フルートの方が好きなのよね」


 女性はフルートの演奏をする真似事をしながら、微笑む。


 ———どうやったら、ピアノで怪我なんかするんだろう……? 


 そう思ったが、自分から理由を言わないのなら、もしかしたら、言いたくないのかも知れない。少し気になったが、私はそれ以上は、何も訊かなかった。


 そしてしばらくすると、部活で疲れていたのか、あくびばかり出るようになった。段々とまぶたが重くなり、女性が言っていることの意味が、よく分からなくなって行く。


 ———早く帰らないと。でも、外は寒いから出たくないな……。


 このまま暖かい場所で眠ってしまいたい。そんなことを考えていると、女性が私の肩に、手を添えた。

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