野うさぎと墓守 後編

 会社に戻ったカズさんは、目の前にある山に深い穴を掘り、2羽のうさぎを、そっと入れた。野性のうさぎが、何を食べているのかが分からなかったので、帰り道にあったスーパーで買ったニンジンも、一緒に穴の中へ入れる。


「ごめんな。人間のせいで、こんなことになって……」


 カズさんは手を合わせた後、野生動物に掘り起こされないように、土を固めながら穴を埋めて、その上には、大きな石を置いた。酷い死に方をした分、静かに眠って欲しかったのだ。


 その後は、時折思い出しては、野うさぎの墓へ行き、手を合わせるようになった。お金に余裕がある時には、うさぎの好物だと信じている、ニンジンを買って———。




 ある日、仕事が長引いてしまったカズさんが会社に戻ると、もう夜中の12時を過ぎていて、会社には誰も残っていなかった。


 疲れ切っているカズさんも、あくびが止まらない。眠い目をこすりながら、駐車スペースにトラックを駐める。


 すると、サイドミラーに、飛び跳ねるものが映った。それは、小さくて黒っぽいように見える。


 ———何だろう。動物だよな……。 


 トラックのすぐ後ろの方だったので、このままでは轢いてしまう。と思ったカズさんは、ブレーキを踏んだ。そして、窓から顔を出すと———さっきまで飛んでいた動物は、もういなかった。


「おかしいな。目の錯覚か? まぁ、疲れてるからな……」


 早く帰って休もう。そう思いながら、トラックを動かそうとすると、ふと、トラックの車体に目が行った。


「えっ……?」


 カズさんの目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。


 後ろのタイヤが、タイヤ止めをすり抜けて、今にも崖から落ちそうになっている。


 駐車場の後ろは、10メートル程の高さがある崖になっていて、もし落ちるようなことがあれば、無事では済まない場所だ。


 危険なので、タイヤ止めも大きなものがしっかりと固定してあり、駐車する時は、必ず誰かが誘導することになっていた。しかし、仕事が長引いて夜中になってしまったので、誘導する人が誰もいなかったのだ。


 カズさんは疲れ切っていたので、注意力も落ちていたのだろう。


 半分程、宙に浮いているタイヤを見た瞬間、カズさんは怖くなって、全身の血が冷たくなっていくように感じた、と言っていた。そして、


「うさぎの恩返しかな」と言って微笑んだ。


 後から思えば、飛び跳ねていたのは、カズさんが墓を作ってあげた野うさぎと同じくらいの、小さな動物だったが、会社で30年以上働いているおじいさんでも、会社の周りでうさぎを見かけたことはないそうだ。


 カズさんが言う通り、手厚くほおむってくれたことへの、恩返しだったのかも知れない。


 私も、カズさんが落ちそうになった崖を上からのぞいてみたが、もし、トラックが崖から落ちていたら、カズさんはもうこの世にはいなかっただろう、と思った。それ程、ほぼ垂直な崖だったのだ。


 なぜ、危険だと分かっている場所にトラックを駐めるのか、と不思議に思ったが、今の社長になった頃から仕事が増え、トラックも増えたので、駐車場が足りなくなったらしい。


 良いんだか、悪いんだか……。という話だが、死んでしまったら元も子もないのだから、早く何とかしてほしいものだ。私も、仲良くなった人たちの葬式には、行きたくない。


 そしてタキと、「そろそろ行こうか」と話をしていると、外回りに出ていた社長が会社に戻ってきた。


「あら、タキくんのお友達? 初めまして」


 笑顔で声をかけてくれる女性社長は、タキから聞いた印象の通り、気さくな人なのだろうと思う。しかし私は、思わず後ずさってしまった。


 ———あぁ、こっちかぁ……。


 社長はとても気配の強い人で、後ろに憑いている白っぽい光は、圧迫感さえ感じる。そして、吸い寄せられるような感じがした。


 タキが「会社にはすごい力がある」と言っていた割には、たいして何も感じなかった理由。それは、土地に力があるわけではないからだ。


 おそらく女性社長が、周りの気を吸い取るタイプの人なのだろう。そして、歩くパワースポットのような状態で、社長の大事な会社の為に働く人には、その力が反映されるのかも知れない。


 だから社員の人たちは、運気が上がったのだ。


 しかし私は、社長と少し話をしただけでもグッタリとしてしまい、それは、気を吸い取られているからだと思った。社員ではないので仕方ないが、ご利益を授かるどころか、気を吸い取られては堪ったものではない。


 ———社長がいる時は、来ないようにしよう……。


 パワースポットの謎が解けたところで、私はタキの会社を後にした———。

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