第31話 野うさぎと墓守(不思議)前編

「不思議な体験をしたことがありますか」


 そう訊かれて思い浮かべるのは、どんな出来事だろうか。


 私の脳裏に浮かぶのは、残念ながら、恐ろしい記憶が大半だ。暗闇から私をにらみつけるものがいたり、人形に追いかけられたり。できることなら、消してしまいたい記憶ばかりだ。


「お前、呪われてるんじゃないの」


 友人のタキによく言われるが、本当にその通りなので、笑えない。


 私は恐ろしいものを視たくないので、霊感なんてない方がいいと思っているが、心霊体験でも、こんなお伽話のような、不思議な体験をしたことがある人もいるようだ。




 タキが働いている会社の先輩で、30代前半のカズさんは、4tトラックの運転手をしている。


 カズさんは、隣の県にある会社へ、建築資材を運ぶのが主な仕事だ。週に3回ほど、もう4年間も、その会社へ荷物を届け続けている。


 もちろん、配達先への道は、地図を見なくても紙に書き出せる程、しっかりと頭に入っているので、渋滞が起きていても、別のルートを通って行くことができる。


 指定された時間に遅刻したことがない、というのが彼の自慢だ。


 しかしその日は、そんなカズさんでも、頭を抱えてしまうようなことが起こった。配達先まであと30分というところで、事故渋滞に巻き込まれてしまったのだ。


「これは当分、動かないだろうな。別の道から行こう」


 カズさんは、事故が起こっている広い道路を進むのを諦めて、片道1車線の道路へ向かった。しかし———。


 そこでもまた渋滞が発生していて、10分ほど経っても、進む気配はない。


「どうしたんだろう、今日は。渋滞ばかりじゃないか。……どうしようかな。少し遠回りになるけど、海沿いの方へ行ってみようか……」


 カズさんは海の方へ、ハンドルを切った。


 配達先は山の方側にあるので、海へ向かうと逆方向になってしまうが、指定の時間に遅れてしまうよりは、マシだ。


 そして海の近くまで行くと、赤い光がたくさん並んでいるのが見えた。


「えぇ! 嘘だろ。ここも渋滞してるのか」


 4tトラックに乗っているカズさんは、渋滞の先の方まで見通すことができる。ブレーキランプの赤は、遥か先まで続いていたので、渋滞を抜けるのは、いつになるか分からないような状態だった。


「ここもダメなんて……。さすがに今日は、遅刻かな……」


 これだけ何ヶ所も渋滞していれば、配達先の人たちの耳にも入っているはずだ。一応連絡をして、待ってもらうしかないだろう。そう思った時———ふと、前に見た地図が脳裏に浮かんだ。


 配達先へのルートを考えていた時に、高速道路のそばに、細い道があったのを見たような気がする。


 しかし、山に沿うように作られた道は、4tトラックで通るには、狭いことが多い。地図で見た時もそう思ったので、今までは通らなかったのだ。


「一か八かだけど……。行ってみようか。ダメだったらその時に、電話をすればいい」


 カズさんは仕方なく、高速道路がある方へ向かった。


 地図で見た細い道へ辿り着くと、舗装してある道路で、大型車の通行を禁止するような標識も見当たらない。ただ、前から車が来た場合は、どちらかが止まって、道を譲らなければならないくらいの道路幅だった。


「まぁ、草も生え放題だし、あまり使われていない道なんだろう。行ってみるか」


 カズさんは、人けの無い山の側道へ入って行った。


 10分程トラックを走らせても、やはり誰にも出会わない。もし前から車が来た場合は、自分が止まって避けなければ。と思っていたカズさんは安堵あんどしながらも、ゆっくりと道を進む。


 山に沿うように作られた道は見通しが悪く、カーブミラーもほとんどないような状態だ。カーブを曲がった先に何かがあれば、ぶつかってしまうかも知れない。


 すると前方に、茶色の塊が2つあるのが目に入った。


 道路の真ん中に、空気が抜けたラグビーボールのようなものがある。


 ———何だろう、あれは……。


 不思議に思ったカズさんが、ゆっくりと近付くと———外は風が吹いているのか、茶色の毛が、ふわりと浮き上がった。


「えっ? 動物じゃないか!」


 慌ててトラックを降り、駆け寄ると、その茶色の塊は、野うさぎだということが分かった。しかし、うさぎはもう冷たくなっていて、口元は赤く染まっている。


 タイヤでかれたというよりは、飛び跳ねた時に、車のフロントに当たったのだろう、と思った。


 片方のうさぎはまだ小さくて、子供のようだ。親子で轢かれてしまったのかと思うと、余計に辛くなる。そして、轢いた運転手に、怒りが込み上げた。


 いくらうさぎが小さいと言っても、持ち上げると、それなりの重さがある。轢いた時には当然、衝撃があったはずなのだ。


 ———うさぎを2羽も轢いておいて、気付かなかったわけがないじゃないか!


 うさぎを轢いた運転手は、分かっていて、何もせずに、逃げたのだ。


 カズさんは苛立ちを抑えながら、首にかけていたタオルを外した。そのまま道路にいてはさらに轢かれてしまうので、カズさんは自分のタオルで2羽を包んだ。


「ちゃんと墓を作ってやるからな」


 カズさんは、うさぎたちを助手席に乗せ、またトラックを走らせた。

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