真っ暗な山の中で 後編

「ん? なんだろう……」


 ヒロさんが乗っていたのは、後ろに箱がついていないトラックだったので、山にいる動物が、荷台に乗ってきたのかも知れない、と思った。それでも、一応確認しておこうと、キャビンの真ん中にある窓から、後ろをのぞく。


 すると、視線がぶつかった———。


 女性が、後ろに立っている。


「えっ!」


 動物だと思っていたヒロさんは、ハンドルに身体を打ち付けるくらい、驚いた。


「なん、で、トラックの荷台、に……」


 キャビンの中に響く自分の声は、震えている。


 女性のスカートは紫色で、工場に来る途中に見かけた、あの女性だと思った。しかし、歩いてきたのなら、早すぎるような気もする。いくらスピードを落としていたといっても、トラックで30分もかかる距離を、1時間半で歩いたことになる。


 ———なんで、なんで……?


 心臓の鼓動が痛いほど早くなり、息をするのが苦しい。


 女性から、視線をらすことができなかったヒロさんは、ずっと窓から女性を見ていたが、しばらくすると、もっとおかしな事に気が付いた。


 女性は荷台の上に立っているが、荷台には、段ボールや建材が山のように積んであるのだ。女性はどうやって、荷台に上がったのだろう。それに、女性の姿が見えるのは、膝から上の部分だけだ。



 女性の足は、どこにあるのだろうか。



 ———あぁ……人間じゃないんだ……。


 それが分かったヒロさんは震え上がり、すぐにトラックのエンジンをかけた。


 一刻も早く、ここから離れたい。誰でも良いから、他の人がいるところへ。もうそれしか考えられない。


 アクセルを踏む前に、一応バックミラーに目をやったが、真っ暗な山が見えるだけで、そこにはもう、誰もいなかった。



 

 朝になり、工場へ行ったヒロさんは、夜に視た女性のことを話した。


「長い髪の女が、いつの間にか、荷台に乗っていたんです!」


 すると工場長は、「あぁ」と声をらして、苦笑いを浮かべた。


「ついに視たか」


「え……? それって、どういう事ですか?」


「実はねぇ、前にやとっていたトラックの運転手が、同じようなことを言って、辞めたんだよ。それで、あんたの会社に頼む事になったんだ」


 つまり工場長は、女の霊が出ると知っていたのに、それを隠していたのだ。


「なんで、教えておいてくれなかったんですか! 知ってたら、夜中に来ようとは思わなかったのに!」


「まあ、まあ。言ったら、来てくれなくなると思ったんだよ。でも、幽霊を視たくらいで、辞めないでよ?」


 工場長は、冗談ぽく笑った。


 ———だったら、自分もあの女に会ってみたらいいじゃないか!


 話を聞いただけの工場長からすれば、他人事ひとごとかも知れないが、実際に目撃してしまったヒロさんは、冗談にはできない。


 急いで会社に帰ったヒロさんは、社長にその事を話した。


「もう絶対に行かない」と言ったが、明るい時間に行けば問題ない、と言われ、ヒロさんだけでは可哀想なので、他の運転手たちも交代で工場へ行く、という話になったらしい。


 今のところは、他の運転手たちは、何も視ていないようだが、誰だって、そんな場所には行きたくないに決まっている。


 私だったら「手当をつけてやる」と言われても、絶対に行かない。


 女性を視た日の帰り道は、ヒロさんもかなり動揺していたらしく、事故を起こすかと思った。と話していたが、今はもう、笑い話に出来るくらいに落ち着いているようだ。


「その女は、ピンクの花柄のシャツを着て、明るい紫色のスカートをいてさ。手首には、ゴールドのアクセサリーをたくさんつけて。とにかく、ものすごい派手な女だったんだよ。もしかして、バブルの頃の幽霊だったのかな?」


 ヒロさんは、そう言って笑っていたが、「幽霊がいると思っただけで、もう行きたくないよ」とも話していた。


 それを聞いた私は、ヒロさんに見えないように、首をかしげる———。


 霊感がないはずのヒロさんが、なぜ、その女性の服装を、詳細に覚えているのだろうか。




 霊感がない人間は、人ならざるものがいても、視えづらいはずなのだ。もし、はっきりと視えたとすれば、それは向こうが姿を視せたかったから。


 死んでしまった人は、記憶が薄れて行くはずなのに、その女性が自分の服装をしっかりと覚えているということは、女性はまだ、服を身につけているのかも知れない。


 日本では、死んでしまうと火葬されるはずなのに、なぜ女性は、今も派手な服を身につけているのだろうか。


 ———そこにあるのが魂だけなら、まだいいと思うけど……ね。


 私は心の中で、つぶやいた。

 

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