第30話 真っ暗な山の中で(ホラー)前編

「なぁ。面白い話があるんだよ」


 金髪で長身の男性は、目を輝かせながら言う。


 なぜ彼が、そんなことを言い出したのかというと、友人のタキが働いている会社へ行った私が、大きな失敗をしてしまったからだ。


 私は日頃から、他人ひととは違うものが視えることを悟られないように、気を付けている。それなのに、霊体の犬を、生きている犬だと勘違いしてしまい、タキの職場の人たちに、霊感があることを知られてしまったのだ。


 どう誤魔化ごまかそうかと、私はあせったが———。


 彼が働いている会社は、従業員のほとんどが不思議な体験をした事があるという、少し変わった会社だったので、誰も驚いてはいなかった。それどころか、自分たちが可愛がっていた犬が、まだ近くにいることを喜んだ。

 

 そして、タキの同僚の運転手たちは、見た目は怖いが、優しい人ばかりで、色々な体験談を聞かせてくれた。




 30代前半のヒロさんは、こんな経験をしたらしい。


 彼は、4tトラックの運転手で、中距離の仕事が多く、当日に会社へ戻ることは少ないそうだ。そして、寝るのはもちろん、トラックの中になる。



 その日は、翌日の朝に、遠くの工場へ荷物を届ける予定になっていたので、前日の昼前頃に、会社を出た。


 これから暗くなるまでずっと、トラックを走らせないといけないというのに、空は薄暗くて、小雨が降っている。


 ———なんだか、気分が憂鬱ゆううつになってくるな……。


 どんよりと曇った空と同じように、気分が沈む。かといって、事故を起こすわけにはいかないので、いつも以上に集中して、ハンドルを握った。


 荷物を届ける工場は、近くに民家がないような、山の奥にある。


 工場の周りは開けているので明るいが———。ヒロさんは、その道中が嫌だった。山の中にある道は、昼間でも薄暗く、いかにも何かが出そうな雰囲気の場所だ。


 それに、道幅が狭いので、前から車が来る度に、いちいち止まって、避ける必要があった。


 そんな道なので、できれば明るい時間に通りたい。


 ヒロさんは会社を出る前から、山の近くにあるコンビニにトラックを駐めて、そこで夜はゆっくりと寝てから、工場に行こうと決めていた。


 しかしコンビニに着くと、駐車場は、他所よその会社のトラックで埋まっている。おそらく、他の運転手たちも、考えていることは同じなのだろう。


 ———うわぁ……。これは、待っても無駄だろうな……。


 駐車場が広いコンビニではよくあることだが、1台分すらも空いていないのは、初めてだった。


 ———もう少し、早く来ればよかったな。


 そんなことを考えながら、ヒロさんは別の場所を探す。田舎なので、道路が広くなっている場所や、空き地があるはずだ、と思っていた。


 しかし、1時間程走っても、他に大きなトラックを駐めておけそうな場所は見つからない。交通量が少ないので、道路に駐めることも考えたが、違反切符は切られたくなかった。


 ———どうしようかな……。でも、寝ておかないと、明日はまた会社まで運転しないといけないしな……。


 ヒロさんは悩んだが、山奥にある工場へ行って、そこで仮眠を取ることにした。不気味な場所なので嫌だったが、仕方がない。


 工場へ向かう山道に入ると、また小雨が降ってきた。


 ただでさえ視界が悪い山の中なので、ゆっくりと走りながら、辺りを見まわした。車ならライトの光で気付くが、動物が飛び出してきたら、いてしまうかも知れない。

 

 昼間に通る時は、他の車とすれ違うこともあるが、時間はもう夜の10時を過ぎているので、前から車が来ることはなかった。


 そして、20分程走った頃。道の先で、紫色のものが揺れているのが見えた。それは布のように見えて、左右に揺れている。


 ———なんだろう、あれ……。


 最初は道路脇の木に、ゴミが引っかかっているのかと思ったが、近付くと、道路上にあるのが分かった。ヒロさんは、ぶつかってしまわないようにスピードを落として、ゆっくりと進む。


 すると、紫色の物の正体は、女性のスカートだった。


 女性は、長い黒髪と、膝丈のスカートを左右に揺らしながら、ふらふらと山道を歩いている。


 ———なんで、こんな山の中を、女が1人で歩いているんだろう。


 ヒロさんは不思議に思ったが、もう遅い時間だったので、トラックを止めると向こうも怖いだろう、と思い、そのまま通り過ぎることにした。


 念の為、通り過ぎる時に女性の様子を伺っていたが、女性はヒロさんの方を見ることはなく、まっすぐに前を向いて、淡々と道を歩く。年齢は20代から、30代くらいに見えた。


 ———若い女が、こんな夜遅くに山道を歩くなんて、危ないなぁ。


 そんなことを考えながら、トラックを走らせる。


 そこから30分程して工場に着くと、外灯がいくつかあって、思っていたよりも明るい。ヒロさんは、運転席が明るくなるような位置を探して、トラックを駐めた。


 ———明かりがあって、良かった。真っ暗だったら、どうしようかと思ったよ。


 ヒロさんは一安心して、漫画を読みながら、遅い夕食を食べた。


 そして、深夜12時頃になって、寝る準備をしていた時のことだ。


 カチャン、と後ろから、小さな物音が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る