第29話 おかえり(不思議)前編

 友人のタキは、トラックの運転手をしている。


 せっかく就職しても、すぐに辞めてしまう友人も多いが、タキは自分の働いている会社を、とても気に入っているらしい。



「俺が働いている会社って、すごいんだぞ。たぶん、神様か何かに守られてるんだ」


 一緒に食事に行く度に、彼は自慢げに話す。


「昔、土砂崩れがあったらしいんだけどさ。その時に、周りの家や会社はほとんど流されたんだって。でも、うちの会社だけは、何の被害もなかったらしいよ」

 

「ふうん。本当に、何かに守られてるみたいだな」


「それだけじゃないんだよ。この間、会社の敷地内で、トラックが廃車になるくらいの大きな事故が起きたんだけど、乗っていた運転手が何事もなかったかのように、トラックから降りてきたんだ。もしかしたら、助からないかも知れないって思ってたから、びっくりしたよ」


「へぇ。よかったな。怪我がなくて」


「すごいだろ? それに、重い病気にかかって、余命半年だって言われてた人がいるんだけど、その人は家族にお金を残したいって、入院せずに働いてたんだ。そしたら、いつの間にか病気が消えたんだよ」


「すごいな、もう奇跡じゃん」


「そうだろ?」


 タキの不思議な話を聞いていると、次第に私も、タキの会社のことが気になり始めた。何度も奇跡が起こるのは、偶然ではないと思ったからだ。


 それに、もし本当にパワースポットのような場所になっているのなら、私も行ってご利益を授かりたい、と思った。

 


 ある日の夕方。


 タキと食事に行くことになった私は、彼の会社へ向かった。街中にある店へ行く予定なので、駐車場のことを考えると、車は1台の方がいいのだ。


 会社に着いて車を降りると、周りは山に囲まれていて、タキの会社以外の建物は、何も見えない。


 ———随分と山奥にあるんだな……。


 そんなことを考えてると、「おーい」と声が聞こえ、タキが駆け寄ってきた。


「どお? 何か、感じる?」


 私に霊感があることを知っているタキは、子供のように、目をキラキラと輝かせながら言う。もちろん彼は、私が「すごいね」と返すのを期待しているのだ。


 しかし実際には、タキがいつも言っているような『特別な力』は、感じなかった。会社の正面にある山からは何かの気配を感じるが、小さな気配なので、おそらく、動物だろう。


「うーん……。どうだろう……」


 なんとなくタキに気を遣った私は、曖昧あいまいな返事しかできない。それほど、彼の目が期待に満ちていたのだ。


 ———なんとか、誤魔化ごまかせないかな……。


 私が必死に考えを巡らせていると、


「タキ! 友達を連れて、こっちへ来いよ!」


 と、男性の声が聞こえた。声がした方へ目をやると、自動販売機の前で、プロレスラーのように体格がいい男性が、手招きをしている。


「何かおごってくれるみたいだから、行こうぜ」

 

 タキは男性の方へ、スタスタと歩いて行く。


『友達を連れて』ということは、私も呼ばれているのだが———。正直に言うと、私は行きたくなかった。

 

 夕方だったので、仕事を終えた運転手たちが集まって、雑談をしているのが見えていたからだ。トラックの運転手の仕事は、意外と力仕事が多いらしく、皆体格が良かった。


 内勤の私と比べると、腕の太さは倍近くありそうだ。それに、スキンヘッドや金髪の怖そうなお兄さんたちが、サングラスまでかけている。タキの知り合いでなければ、私が絶対に近付かない風貌ふうぼうの人たちだ。


 しかし、ペットボトルのお茶を買ってもらった私は、結局、その怖そうなお兄さんたちの輪に、加わることになってしまった。


「タキの友達にしては、大人しそうな兄ちゃんだな」


 そんなことを言われながら、私は愛想笑いで、必死に話を合わせる。仕事のことに関する話はよく分からなかったが、どこの会社に綺麗な人がいるとか、彼女に振られたとか、他愛のない話も多かったので、なんとか話を合わせることができた。


 ———初めは怖い人たちかと思ったけど、そうでもないのかも知れないな。


 やっと肩の力が抜けた頃、ふと、物置のそばにいる白い犬が目に留まった。白い犬は柴犬くらいの大きさで、地面の匂いをぎながら、忙しなく動いている。


 そして、近くの木の枝に鳥がとまると、吠えながら、何度も何度も飛び跳ねた。


 ただ、鳥がとまっているのはかなり高い場所にある枝で、誰がどう見ても犬が届く高さではない。それでも白い犬は諦めずに、ずっと飛び続ける。


 ———あの犬……。一体、何回飛ぶんだろう。


 絶対に無理だと分かることを、必死にやっている犬が、とても可愛く見えた。白い犬を見ていると、怖いお兄さんたちのことは忘れて、思わず口元が緩む。


 そして鳥がいなくなると、白い犬はこちらを向いてちょこんと座り、尻尾を振った。おそらく、誰かにかまって欲しいのだろう。


 ———でもなぁ、みんなは話に夢中だから、気付いてくれないと思うよ。

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