視えるひと 2
「えっ……?」
唐突に言われたので驚いたが、店長が言っていることは当たっている。
私が渋々この雑居ビルに来たのは、単に、ただ酒が飲みたかったから。というわけではない。3日前に実家で法事があり、災いを呼ぶ男の子が取り憑いていたからだ。
霊感が強い店長なら、もしかしたら、男の子を祓うことができるかも知れない、という期待があった。ただ、話す前に、男の子が視えているかどうかを、確認しておかなければならない。
「店長さんには、何が視えますか?」
そう訊くと店長は、私の胸の辺りに目をやった。
「随分と……厄介なものを連れてるね」
店長は小さく首を横に振る。
バイト先の霊感が強い先輩も『厄介なもの』と言っていたので、店長は、男の子の本当の姿が視えているようだ。それなら、この死神のような男の子について話しても、大丈夫だろう。と思った。
「実は、取り憑かれる度に、よくないことが起こって、困ってるんです。店長さんは、この男の子を祓う事ができますか?」
私は、膝に乗っている男の子を指差した。
すると店長は「え?」と声を漏らして、目を大きく開く。かなり驚いているようだ。
「お兄さんにはそれが、人間の子供に視えてるの?」
「はい。5歳くらいの、小さな男の子に視えています」
「そう、なんだ……」
店長は顔をしかめて、男の子を見つめている。私の膝に乗っている男の子の、本当の姿は、そんな顔をしないといけないような姿なのだろう。
「それが何なのかは、分かってるの?」
店長は心配そうに、
「どんな姿なのかは聞きましたけど……。この子が何なのかは、知りたくないです」
「なるほどねー……。まぁ、正体が分かったところで、どうにもならないか……」
店長は、男の子に目を向けたままで、話を続けた。
「私も職業柄、色んなものを視るけど、こんなのは初めてよ」
「この子はすごく……不気味な姿をしてると思うんですけど、怖くないんですか?」
「別に、視えるだけならね。それにどうせ、お兄さんから離れないでしょ?」
店長は口元を手で隠して、ふふっと笑った。
「そんな事まで分かるんですか?」
「なんていうか、根っこが深いのよね……。多分、家に憑いてるんだと思う。それに、そんな姿をしてるけど、別に、取り殺そうとしているわけじゃないと思うよ。お兄さんは守護霊が強いから、ちょっとやそっとじゃ死なないだろう、と思ってるの。だって、どう視ても、気に入っているようにしか視えないもの」
「でも、この子に取り憑かれると、必ずと言っていい程、死にそうな目に遭うんですけど」
「でも、死ななかったでしょ?」
「それは、そうですけど……」
たしかに死んではいないが、怪我は数えきれない程しているし、毎回、死を覚悟する程、恐ろしい目に遭うのだ。
守護霊が強いから、死なないだろう。なんて、
なぜ私だけが、悲惨な目に遭わなければならないのだろうか。
ただ、災いを呼ぶ男の子は、取り憑く時も楽しそうに、ぴょんっと飛びついてくる。腕や足に
私は毎回死にそうになるが、別に、殺そうとしているわけではない。というのは合っているのかも知れない。
「さっきから、ずっと考えてたんだけど……。何で、私とお兄さんが違うものが視えるのか、何となく、分かった気がするのよね……」
店長はカウンターに両肘をついて、男の子を見た。
「私が視えているのは今の姿で、お兄さんが視えているのは、元の姿なんじゃない? 今は恐ろしい姿になっているけど、元は人間だったんだと思うの。お兄さんはそれと繋がってるから、元の、人間だった頃の姿が視えるんじゃないかな」
「元の……姿……」
店長にそう言われて、妙に納得した。
霊感の強さによって、はっきりと視えるか、影として視えるか。そのくらいの差なら分かるが、根本的に全く違うものが視えるのは珍しい。人によって視え方が違うなんて、初めてだったので、ずっと不思議だったのだ。
しかし、理由が分かったところで、何かが変わるわけではない。
男の子に取り憑かれたら、そこから一週間は、何度も死にそうな目に遭うのだ。結局店長も、除霊ができるわけではないらしいので、私はこれからも、自力で何とかするしかないようだ。
今の世には、本当に除霊ができる人なんて、いないのだと思う。少なくとも私は、一度も出会ったことがない。
そして、店長と話をしているうちに、いつの間にか、閉店時間になってしまっていた。
霊感があることを隠さなくてもいいのは、やはり居心地が良い。夜の店はあまり好きではないが、この店になら、また来てもいいかも知れない。
店長は、先に別の客と店を出て行ったので、私はセタが店を閉めるのを待ってから、一緒に帰る事になった。
「俺は鍵を閉めて出るから、先に行っていいよ」
セタは閉店作業をしながら言う。私がいても手伝えることはないので、先に出た方がいいのだろう。
「じゃあ、ビルの入り口で待っておくよ」
「あぁ。分かった」
私は1人で店を出て、階段を下りる。
すると、2階にあるスナックの前に、花柄の白いワンピースを着た女性が立っていた。腰の辺りまである長い髪は、真っ黒だ。
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