第28話 視えるひと(ホラー)1

 同級生のセタは、私に霊感があるという秘密を知っている。


 セタに秘密を話すことになったのは、大学に入ったばかりの頃のことで、彼に『部屋に何かがいる』と相談されたことがきっかけだった。


 彼も一応、霊感があるようで、人ならざるものを視る力はないが、近寄ってくると、気配を感じるらしい。


 ちなみにセタが恐れていたのは、子猫ほどの大きさの動物の霊で、何の害もないものだった。そんな小さなものが、寝る時に布団に乗ってくるだけでも、彼は恐怖を感じたようだ。


 呆れた私は「放っておけばいい」と言ったが彼は納得せず、お祓いをしたり魔除けの札をもらったりと、大騒ぎだった。彼は本当に、怖がりなのだ。


 それなのに、古い雑居ビルでアルバイトをすると言い出したので、私は驚いた。


 飲食店街の中にある古い雑居ビルは、昼間に通り掛かっても、周りが暗く視える。霊感のない人でも、「夜になったら絶対に、何か出るよ」と、言いそうなほどの、不気味な気配が漂うビルだ。


 何がいても、全く気にしない人なら問題ないが、怖がりのセタには無理だろう、と思った。


「いやぁ……。あのビルは、やめておいた方がいいんじゃない?」


 私は一応止めた。


「なんで」


「古いビルってさ、色んなものが溜まってるんだよね。セタは怖がりだから、やめておいた方がいいと思うよ」


「大丈夫だって! それに、知り合いの紹介だから、バイト代が高いんだよね。やるしかないでしょ」


「あぁ……そういうことか。まぁ、別にいいんだけど、後で泣いても知らないからな」


「大丈夫、大丈夫」


 セタは私が止めるのも聞かずに、古い雑居ビルで働き出した。彼は小さなスナックのボーイをするらしい。


 


 その1週間後の夜、私の携帯電話が鳴った。画面を見ると『セタ』と表示されている。


 ———やっぱり、電話をしてきたか。どうせ雑居ビルで、怪奇現象に出会したんだろう。だから、止めたのに。


 私はため息をつきながら、電話に出た。


「もしもし。なんだよ、泣き言なら聞かないぞ」


「何の話だよ。あのさぁ、店長が、お前に会いたいって言ってるんだけど」


「はぁ? なんで?」


「俺が働いてる店の店長って、すごい霊感が強い人なんだよね。それでお前のことを話したら、一度、店に連れて来いって言われたんだ」


「えぇ〜……。もぉ、余計なことを言うなよ。そういうのには関わりたくないって、言っただろ」


「いいじゃん。店長がおごってくれるって言ってるからさ、今から来いよ」


「えぇ〜……」


 もちろん、霊感のことについて話すのは抵抗があったが、奢ってくれるという言葉に釣られて、渋々雑居ビルへと向かった。


 ビルの入り口に着いて中をのぞくと、暗いエレベーターホールが見える。ひんやりとした空気が流れてきて、それ以上は、足が進まなくなった。


 ———なんか、嫌な予感がするなぁ……。やっぱり、帰ろうかな……。


 私の嫌な予感は、よく当たるのだ。今はまだ、何かの気配を感じているわけではないが、胸騒ぎがするなら、帰った方がいい気がする。私は上着のポケットから、携帯電話を取り出し、セタの名前を探す。

 

 すると、階段からドタドタと足音が聞こえ、セタが現れた。


「あ、本当だ。あおいがいた」


「え? って、どういうことだよ」


「店長に、迎えに行ってこいって言われたんだよ」


「はぁ? 何で分かったんだろう……。まぁ、出てきてくれて良かったよ。今ちょうど、セタに電話しようと思ってたんだ。やっぱり、今日は帰ろうと思って……」


「何言ってんだよ。ほら、行くぞ!」


 セタにガッチリと腕を組まれ、ビルの中へ引っ張り込まれる。多少の抵抗はしたが、セタの力が妙に強かったので、もう逃げられないのだろう、と諦めた。


 エレベーターは客が使うので、従業員は階段を使うらしい。相変わらずセタに腕を組まれたまま、階段を登る。


 すると、2階の廊下が見える辺りで、小さなモスキート音のような音が聞こえた。


 ———ん? なんだろう……。


 少し気になったが、セタに引っ張られているので、立ち止まることもできない。そのまま階段を登り続け、3階にあるセタのバイト先へ向かった。


「ここが俺のバイト先だよ。入って」


 セタに背中を押されてスナックの中へ入ると、ビルの暗い雰囲気とは対照的に、店内は明るい。ずっと感じていた、ひんやりとした空気も、店の中では感じなかった。


「いらっしゃい。ここに座ってね」


 カウンターの中から、50代くらいに見える女性が微笑む。派手な化粧に、胸元が開いた黒のワンピース。おそらく彼女が、セタが言っていた店長なのだろう。

 

 私はカウンターの椅子に座り、店長をじっと見つめる。


 彼女のそばには、太陽のように明るく、温かい気配を感じるものがいる。とても力強い気配なので、悪いものは、彼女には近付けないだろう。


 ———あの人がいるから、セタは、こんな不気味なビルで働けたのか。


 この古い雑居ビルには、人間ではないものの気配を感じるが、店長の守護霊が強いので、店の中には入って来られないのだろう。




 私は甘い酒しか飲めないので、梅酒をもらって一口飲むと、店長は私の顔をじっと見つめた。


「お兄さんは何か、困っていることがありそうね」

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