住職と双子 3
仏像の周りにある飾りは不自然に揺れて、何かを引っ
大きな音で、頭が割れるように痛む。耐えきれなくなった私は、耳を塞いだ。
しかし、耳を塞いだはずなのに、まだ音が聞こえている。音は耳から入ってきているのではない、ということだ。
霊感がある人間にしか分からない音なら、誰かに助けを求めることはできない。それに、これが何かの災いなら、受けるのは、この状況に気付いている自分なのかも知れない、と思った。
耳鳴りと頭痛は激しくなって行き、吐き気がする。身体を、色んな方向から押し潰されているようで苦しくて、浅い呼吸しかできない。
——どうしよう、早く逃げないと……!
そう思っても、身体は動かない。
するとその時、真後ろに何かがいる気配を感じた。
無数の細い針をじわりと当てられているように、肌がジリジリと痛む。視なくても、後ろにいるものが、よくないものだと分かった。私の後ろにいる2つの気配は、何かを呟いている気がする。
そして、冷たい汗が背中を流れた時——。
ドン、と背中に何かが当たり、境内へ押し出された。
足がもつれて転びそうになりながら、本堂の階段を駆け下りる。すると、先程までの押し潰されるような感覚が薄れ、やっと大きく息を吸うことができた。
——これ以上、ここにいない方がいいのかも知れない……。
本堂の中からは嫌な気配を感じて、震えが止まらない。急に現れた2つの気配は、一体どこから来たのだろうか。
「頭が痛いから、帰る」
私は住職さんにそう告げて走り出した。寺の門を抜けて、坂道を下り、広い道路を目指して走り続ける。
そして、恐る恐る振り向くと、寺の周辺だけが夜のように暗く視えた。まるで、別の世界に閉じ込められてしまったようだ。そんな寺を視ていると、これだけでは終わらないような、嫌な予感がした。
その夜、寺で火事が起こった——。
夜中に台所から火が出たらしく、住居部分が燃えてしまったらしい、と大人たちが話しているのを聞いた。幸いにも、住職さんが軽い火傷をしただけで済んだようだが、私には、それが普通の火事だとは思えなかった。
寺で体験した霊障は、あの時本堂の中にいた、悪いものが引き起こしたに違いない。おそらく、やってはいけない何かを、やってしまったのだ。
異変を感じ始めたのは、住職さんのお父さんが亡くなった時の話を聞いた後だった。もしかすると、お父さんが亡くなった時の話の中に、言ってはいけないことがあったのかも知れない。
そして、その話をさせたのは、私だ。私が訊かなければ、火事は起こらなかったのかも知れない——。
そう思ったのは、罪悪感から来る気のせいではないと思う。私は本堂の中で、あるものを視ていたからだ。
視える人と視えない人では、物事の解釈が少し違うように感じる。住職さんは、
『亡くなった子供たちが、泣きながら猫の人形を探している姿を視て、お父さんがおかしくなった』
と思っているようだったが、それだけでおかしくなって、死んでしまう人はいないような気がする。せいぜい数日の間、落ち込んだり、幽霊を視たと怯えるくらいだ。
本堂で『何かが来た』と感じた時、私の脳裏に浮かんだのは、2つの小さな白い猫のぬいぐるみと、燃えている家の中の光景だった。それは子供たちの記憶で、頭の中が熱くなる感じがしたのは、怒りの感情なのだと思う。
おそらく、子供たちが大事にしていた、お揃いの小さな白い猫のぬいぐるみが、焼けてしまった家の中に残っていたのだ。それなのに、ぬいぐるみごと家を壊そうとしたから、子供たちは怒ったのだろう。
そして、お経を唱えにきた住職さんのお父さんは、自分たちを追い出そうとした、悪い大人に見えたに違いない。まだ幼い子供たちは、状況が理解できずに、その怒りを悪い大人にぶつけたのだ。
——やっぱり霊感なんて、ない方が良かったな……。
心の底からそう思った。
『幼い子供たちが状況が理解できずに、人を取り殺してしまった』よりも、『人形を探して泣いている』の方がまだしも良いに決まっている。霊感さえなければ、気が付くことはなかっただろう。
世の中には、知らない方がいいこともあるのだ。
それにしても、子供たちはなぜ、住職さんがしてはいけない話をしたことに、気が付いたのだろうか。
私は、毎週日曜日に寺へ行っていたが、その時は、嫌な気配は感じていなかった。ただ、住職さんから話を聞いた後に、急に刺すような視線を感じるようになったということは——。
ふと、寺から逃げ帰る前の記憶がよみがえってきた。
何かを引っ掻いたような音や、叩くような音に混じって、幼い男の子と、女の子の声が聞こえる。
『わたしの猫ちゃんが、ない』
『ぼくの猫ちゃん、返して』
幼い子供にしては、随分とくぐもった声が、頭の中に響く。
おそらく、子供たちはまだ探しているのだ。燃えてしまった、小さな白い猫のぬいぐるみを。
そして子供たちは、別の場所から来たのではない気がする。
毎週のように寺へ通っていても、私が気付いていなかっただけなのだ。
子供たちは最初からずっと、近くにいたのだと思う。あの寂れた寺の、本堂の中に——。
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