住職と双子 2

 2人の間に沈黙が流れた。


 寺の境内には、かくれんぼをしている子供たちの笑い声だけが響いている。


「……そうだねぇ、寺に生まれたからねぇ……」


 住職さんが遠くを見つめながら、静かに口を開いた。


「あまり人に話したことはないけど、実は何度か、幽霊を視たことがあるんだよ……。お葬式に行ったら、亡くなったはずの人が居たりとかね。その時は恐ろしくて、急いで帰ったなぁ。……それにね、夜にお経を読んでいたら、本堂の隅に何かがいることがあるんだよ。知らないふりをするけどね」


 住職さんは苦笑いをした。


 ——住職さんも、霊が視えるんだ……。


 ただ、霊感がなくても、繋がりやすい環境にいると視えることがあるので、住職さんが私と同じかどうかは分からない。しかし、大人が幽霊を視たと話すのは珍しいので、私は少しだけ興味がいた。


「ねぇ、他にも何かあった?」


 私が言うと、住職さんは「うーん」とうなり、腕を組んだ。

 

「……私のお父さんが亡くなった時は、幽霊がかかわっていたかな……。もう随分と前の話だけどね」


 少し節目がちになったので、これ以上は聞かない方がいいのかも知れないと思ったが、住職さんは話を続けた。


「私のお父さんが住職をやっていた頃は、人がたくさんいて、檀家さんも多くて、この寺は栄えてたんだ。でもね、行っちゃいけない所に行って、お父さんは変わってしまったんだよ。それで、まだ若いのに……死んじゃったんだ」


 住職さんは遠くを見て、ため息をついた。


 まさか、人が死んだ話が出るとは思わなかったので驚いたが、それ以上に『行ってはいけない場所』というのが気になる。


 たしかに、私の家の周りにも近付いてはいけない場所があるが、そこに近付いたせいで、誰かが死んだことはないはずだ。住職さんのお父さんは、呪われている禁足地きんそくちにでも入ったのだろうか。


「お父さんは、どこに行ったの? 入っちゃいけないって言われてた場所に、入ったの?」


 私はたずねた。


「うーん……。場所は言えないけど、普通の家だったよ。その家では、火事があってね。幼い双子が亡くなったんだ。その後、焼けて崩れてしまった家を取り壊そうとしたら事故が起こって、それで、私のお父さんがお経を唱えに行ったんだ。


 そうしたら、帰ってきたお父さんは青い顔をしていて『行くんじゃなかった』って何度もつぶやいて……。そのまま、寝込んでしまったんだ」


「なんで、『行くんじゃなかった』って言ったのかな? 何かに取り憑かれたって事?」


「そうは言ってなかったけど、様子がおかしかったのは確かだよ。寝込んでいるお父さんがうなされながら『白い猫がない』って言ったんだよ。なんか、おかしいと思わないかい?」


「えっ……?」


「うちでは猫を飼ったことはないし『猫が』じゃなくて、『猫が』って言ったんだ。それを聞いた時、なぜか急に寒気がしてね。これは只事じゃないって思ったんだよ」


 なんとなく、寒気がした、という言葉が気になった。


「……なんで、そう思ったの?」


「まぁ、亡くなったのが、幼い子供って聞いてたからね。亡くなった子供たちが、人形か何かを探していて、それを、お父さんが視てしまったんじゃないかと思ったんだよ。こういう仕事をしていると、幽霊を視たという話はよく聞くんだ。


 火事で死んだ子供たちが『人形の猫がない』って泣いていたと思うと、私も気がおかしくなりそうだよ……。可哀想にね……。


 それに、亡くなった人に呼ばれるって話も聞いたことがあるから、お父さんも呼ばれたのかも知れないな、とも思ったんだ。一応、亡くなった原因は肺炎だったんだけどね。私は、ただの病気だとは、思えなかったなぁ……」


 住職さんは目をつむって、うつむいた。


 たしかに亡くなった子供たちは、可哀想だと思うが、私の中で、何かが引っかかっている。子供が泣いてる姿を視ただけで、おかしくなってしまうものだろうか。呼ばれるというのも、なんだか当てはまらない気がする——。


 すると突然、危険を知らせる警報のような、激しい耳鳴りが始まり、全身の毛が逆立った。


 まるで、上から大きなものに押しつぶされているような、嫌な空気も感じる。


 ——何かが、来た……!


 私は本堂の中に目をやった。本堂の中からは、物が壊れるような音がして、視界が歪む。しかし、住職さんを見ると、何も気付いていないようで、ぼーっと外をながめているだけだ。


 ——住職さんには、音が聞こえていないんだ……!

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