第27話 住職と双子(ホラー)1

 人ならざるものが視えた時、私はたまに思う。


 ——大人より子供の姿の方が、力が強いものが多い気がする。


 長い年月を生きてきたお年寄りたちは、『これ以上病気が増えないうちに、早く死にたい』などと冗談で言ったりもするが、早くに亡くなってしまった子供たちは、どうだろう。


 おそらく、『もっと長く生きたかった』と思うに違いない。

 

 人ならざるものたちは、未練や執着が強い程、力が強くなるのかも知れない。そして、幼ければ幼い程、やって良い事と悪い事の区別が、まだついていない気がする。


 もしかすると、自分は死んでしまったのだから、他の人たちも同じようになればいい、と思っているのかも知れないが——そんなことは考えていない、と思いたい。




 私の地元にある寺には、日曜日になると、大勢の子供たちが集まる。住職さんと一緒にお経を唱えたり、話を聞いたりして、その後はおやつを貰って遊ぶのだ。


 寺の境内は広く、建物が2つあるので、かくれんぼをするのにはちょうどいい。大体、昼前頃になると親が迎えに来るので、みんなでかくれんぼをして、遊びながら待つのが恒例だ。


 寺はお世辞にも、綺麗とは言えない。


 建物全体の色がすすけていて、屋根の瓦は割れているし、門の柱は下の方が崩れてしまっている。


 言い方は悪いが、誰がどう見ても寂れた寺だ。


 しかし、昔は遠くから修行僧が来たり、檀家だんかさんもたくさんいて、毎年、大きな祭りもやっていたと祖父が言っていた。今の状態しか知らない私にとっては、信じられないことだ。


 今は広い本堂の中で、住職さんがぽつんと座ってお経を唱えているだけで、日曜日の午前中にずっと寺にいても、誰も来ない。住職さんはとても暇そうに、遊んでいる子供たちをながめているだけだ。


 賑やかだった時代は、今はもう見る影もない。




 小学5年生の、ある日曜日の朝。


 いつも通りに寺へ行っていたが、金曜日に学校で何かに取り憑かれていた私は、体調が悪かった。おそらく取り憑いてきたのが、あまり良くないものだったのだろう。


 もしかしたら、寺でお経を聞けば離れてくれるかも知れない。と期待してお経を聞いていたが……。残念ながらお経が終わっても、体調は悪いままだった。


 現代では、本当に霊を祓えるような力を持っている人は、いないのだと思う。お経も、魔除けの札も、数珠も、私は効果を感じたことはない。


 長い時間お経を聞いても、私に取り憑いているものが離れる気配はなく、身体はどんどん重くなって行った。まるで「そんなの効くわけないだろ」と、馬鹿にされているような気分になる。


 もしお経が効くとしたら、それは生きている頃に『お経は霊を成仏させるものだ』という意識があったかどうかだと思う。お経を聞いて、成仏しなければいけない、と思えば離れるし、そうでなければ効かないのだ。


 私に取り憑いているものは、成仏する気はなさそうなので、いつか離れてくれるまで待つしかないな、と諦めた。人間なら引き剥がすこともできるが、相手が霊体では、どうする事もできない。


 毎週日曜日の恒例になっているかくれんぼが始まっても、体調が悪くて動けなかった。私は1人で、本堂の入り口にある階段に座って、みんなを眺める。


 すると、住職さんがやってきて、私の横に座った。


「どうして、みんなと遊ばないの?」


 住職さんは、私の顔をのぞき込む。


「頭痛いから、今日は遊ばない……」


 私は話をしたくないので、遊んでいる友達を見ながら、ふくれっつらで返したが、住職さんはさらに話を続ける。


「それなら、将棋を持ってきてあげようか。将棋なら座ったままでもできるよ。あぁ……。でも、最近の子供は、将棋なんてしないのかな」


 本当に体調が悪いので、放っておいて欲しいのに、住職さんは、学校はどう? とか、最近の子供は何して遊ぶの? とか、しつこく訊いてくる。


 ——なんで住職さんは、空気が読めないんだよ!


 完全に不貞腐ふてくされてしまっていた私は、住職さんの質問責めに耐えられなかった。そして、どうすれば住職さんを止められるだろう、と考えた私は、あることを思いつく。


「住職さんは、お経を唱えるのが仕事だけどさ、本当に幽霊がいるって信じてるの?」


 私は住職さんを、横目に見ながら訊いた。


 いつもなら、霊的なことに関しては口にしないが、返事に困ることを言ったら、住職さんも黙るだろう。と思ったのだ。


 案の定、住職さんは何も答えない。しばらくの間、遊んでいる子供たちを眺めた後、また私の顔をのぞき込んだ。


「あおい君は、幽霊がいるって信じてるの?」


 住職さんは小声で言う。


 ——今も取り憑かれてるんだから、信じてるに決まってるだろ!


 そう思ったが、霊感があることを知られたくないので、私は何も答えなかった。住職さんからすれば、私がただ不機嫌なように見えると思うが、黙ってくれるなら、もうそれでいい。

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