第26話 お迎え(不思議)前編

「お盆には、亡くなった人達が帰ってくる」


 私は周りの大人たちから、そう言い聞かされて育ってきた。


 たしかにお盆になると、私の実家は騒がしい。


 私の家は本家なので、墓参りの為に親戚たちが集まるが、それだけではない。まだ誰も来ていないのに、人がたくさんいるような気配を感じるようになるのだ。


 閉まっているはずの玄関の扉が開く音がしたり、見ている前で仏壇の蝋燭ろうそくの火が急に消えたり、風は吹いていないのに、風鈴が異常なほど激しく音を鳴らしたりする。


 そんな子供の悪戯のような怪奇現象が、お盆の間はずっと続く。


 私の家では、毎日のように怪奇現象が起こるが、お盆の間は特に酷いので、私は『お盆には亡くなった人達が帰ってくる』という話は、本当のことなのだと思っている。




 お盆の時期は、不思議なものを見かけることも多い。


 お盆の夜に、車で墓場の近くを通った時には、提灯ちょうちんの行列が、墓場へ向かっているのを見たことがある。


 田舎はお年寄りばかりなので、どこの家も寝るのが早い。夜遅くに大勢で外を出歩くなんて、とても珍しいことだ。


 不思議に思った私は、運転をしている父に声をかけようとしたが——ふと、何かがおかしいと気が付いた。


 墓場へ向かって進んでいく、オレンジ色の光。たしかに、丸い提灯の灯りのように見えるが、それ以外は何も見えない気がするのだ。


 まさかそんなはずはないと、暗闇に目をらすと、提灯と、細長い木の棒は見えた。しかし、その木の棒を持っているはずの手は見えなかった。もちろん人の姿もない。


 ——余計なことを言わなくて、よかった……。


 私は胸をで下ろした。


 霊感がない父に「提灯を持った人がたくさん歩いている」なんて奇妙な話をしていたら、次の日には、大騒ぎになっていたかも知れない。


 特に夜は、迂闊うかつなことを言ってはいけないのだ。


 事あるごとに、母に「言ってはいけない」と言われて嫌な思いもするが、それが役に立つこともあると知った。


 提灯の行列が何だったのかは分からないが、間違いなく、生きているものではなかっただろう。人間は、亡くなってからも墓参りをするのかも知れない。


 そして、それを裏付けるような出来事もあった。


 子供の頃は、『墓場には幽霊が居そう』などと、なんの脈絡もなく思っていたが、ある年のお盆に、親戚たちと墓場へ向かっていると、ぼんやりとした人影が、一緒に歩いていたことがある。


 驚いて、思わず声が出そうになったが、それはなんとか飲み込んだ。親戚の中には霊感が強い人間はいないので、視えているのは私だけだったからだ。


 ぼんやりとした人影は、特に何をしてくるわけでもなく、私たちと一緒に、墓場へ向かって歩く。


 そして、私たちが自分の家の墓で立ち止まると、ぼんやりとした人影は、上の段にある墓の方へ歩いて行った。あの人影は、私の先祖ではないのだろう。


 それが視えた時に、私は思った。


 ——あぁ。墓場に霊がいるわけじゃなくて、墓ってあくまでも、お参りをしに行く為の場所なんだ。


 それからは、墓場が怖いとは思わなくなった。常に霊がいるわけではないのなら、怖がる必要はないからだ。


 墓場は遺骨を納めて供養する場所で、住む場所ではない。それは生きている人間にとっても、ご先祖様にとっても、変わらないことなのだと思う。


 だからこそ、私たちはお盆の前に墓を綺麗にする。お盆になると、この世に帰ってくるご先祖様をお迎えするための、作法の1つだからだ。1年ぶりに戻ってきて、墓が苔や草におおわれていたら、ご先祖様も、なげき悲しむに違いない。


 お盆は、生きている私たちにとっても、ご先祖様にとっても、特別な日だ。




 そして私には、忘れられないお盆がある。

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