第25話 おひなさま(ホラー)1

 雛人形にまつわる不可思議な話は、そんなに珍しくはないのだと思う。


 人形の位置が変わっていたり、目がこちらを向いたとか、髪が伸びるという話も聞いたことがある。


 ただ、我が家の雛人形は、他とは少し違う気がする——。




 私の実家には、とても古い雛人形がある。


 友人の家で見た雛人形は、持ち運べるくらいの大きさのガラスケースに入っていたが、我が家にあるのは、7段もある大きな段飾りだ。男雛おびな女雛めびなだけでなく、右大臣左大臣と、三人官女や五人囃子ばやしまでいる。

 

 そして、最近テレビで見た雛人形は、とても可愛らしい顔をしていたが、我が家の雛人形たちは、本物の人間のような顔をしている。あまり可愛くなくて、今にも喋り出しそうだ。

 

 暗がりで、微笑を浮かべた白い顔が、ぼんやりと浮かび上がっていると、背筋が寒くなる。髪の毛も、作り物なら同じ太さのような気がするが、たまに細い毛があったりして、本当に作り物かどうかは疑わしい。


 人形たちは、普段は押し入れの中で保管されていて、雛祭りの1ヶ月前には出すのを手伝わされた。大きな段飾りなので、装飾品もたくさんある。1つ1つ白い紙に包んであるので、全部出して飾り終わるまでには、かなり時間がかかる。


 面倒臭くて、毎年憂鬱ゆううつになるイベントだ。


 そして私は、カレンダーを見なくても、雛祭りが近づいてくるのが分かる。他の家族も気付いているのかどうかは分からないが、その頃になると押し入れの中からは、カサカサと紙がれる音がするのだ。私はその音と気配で、


 ——また、雛人形を出す時期か……。


 そう思っていた。


 押入れの中から聞こえる音は、まるで、雛人形たちが『ここから出してくれ』と言っているように感じる。なぜそう思うのかというと、雛人形の中に1体だけ、妙な気配を感じる人形があるからだ。

 

 私は、女雛が怖い。


 雛人形を出す作業をする時も、できれば女雛の包みは開けたくないのに、なぜか彼女は、私の手の中にやってくる。包みを開いて目が合った瞬間、全身に鳥肌が立った。


 他の雛人形たちの目を見ても何も感じないのに、私を見つめる女雛の目の奥は、光を帯びている気がする。人形のはずなのに、生きているような気配を感じた。女雛は、私に何かを訴えかけているような気がするのだ。


 


 小学4年生の頃のことだ。


「そこにある箱を、玄関の横の部屋に置いてきて」


 母にそう言われ、私は雛人形が置いてある部屋に、荷物を置きに行った。その部屋は四方がふすまになっているので、外や廊下からは、死角になる場所がある。そこは、物置き場のようになっていた。


 私は、近所の人からもらったみかんの箱を、荷物の1番左端に置く。


 すると後ろで、コトン、と物音がした。


 ——なんだろう?


 私が振り向くと、女雛が下の段に落ちている。

 

 重いみかんの箱を持って近くを歩いたから、振動で落ちたのかも知れない。そう思い手に取ると、なぜか、ずしりとした重みを感じた。


 小さな雛人形のはずなのに、まるで2リットルのペットボトルでも持ち上げたかのようだ。それに、なんだかひんやりとしている。


 ——いつもと違う。なんで……。


 私は女雛をじっと見つめた。すると一瞬、女雛の顔が、人間の顔に見えた。普段のまし顔ではなく、表情が柔らかくて、今にも口が動きそうだ。


 急に怖くなった私は、急いで女雛を雛壇ひなだんに戻し、部屋を出た。

 

 母がいる台所に戻った私は、自分の手に目をやる。手にはまだ、冷たい人形の感触が残っていた。なぜ表面が布でおおわれている人形が、冷たかったのか——。考えれば考えるほど、思考は嫌な方へ行く。


 ——もしかすると、女雛を拾ってはいけなかったのかも知れない……。


 そんな、言い知れない不安が襲ってきた。すぐそばには母がいるが、我が家には、心霊的なことを口にしてはいけない、という暗黙のルールがあるので、相談できない。それに、もし相談したとしても、母は『気のせいだ』と言うだけだろう。


 私は誰にも話さずに、忘れようと思った。嫌なことを考えていると、それが本当になってしまいそうな気がするからだ。


 そして、テレビをつけようとした時だった。


 突然、強烈な寒気に襲われた。震えが止まらなくなり、身体は段々と重くなって行く。上着を羽織っても、寒気は治まらなかった。


 ——冷たいものを触ったから、寒くなっただけだよ。雛人形は関係ない。


 嫌な予感を振り払うように、私は自分にそう言い聞かせた。


 両膝を抱えてテレビの前に座り、寒気が治まるのを待つ。


 するとまた、何かが落ちたような、コトン、という音が聞こえた。

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