神社の祭り 後編

 最初は、少しだけ焚き火で手を温めるだけの予定だったが、水色の着物を着た男性に見入っていたら、結局、最後まで見てしまっていた。まともに神楽を見たのは初めてだが、あまりの素晴らしさに、思わずため息がれる。

 

 演目が終了したので、神楽団の人たちは全員立ち上がった。そして、客席に一礼をすると、水色の着物を着た男性だけは、四方に頭を下げる。最後に私の方にも頭を下げたので、もちろん私も頭を下げた。舞が上手い人は、やっぱり礼儀正しいのだろう。


 ただ、あんなに舞が上手い人は、知っている人の中にはいなかった気がした。神楽の舞い手は皆、面をつけているので、水色の着物の人が誰なのかは分からないが、小さな町なので、舞い手も全員、顔見知りのはずだ。


 ——あとで支度部屋に行って、誰だったのか聞いてみよう。

 

 

 神楽が終わると、町の偉い人が挨拶を始めた。そして、長い話が終わった後、私は支度部屋へ向かう。すると、神楽団の人たちは、忙しそうに片付けをしている。もう夜中の2時なので、早く終わらせて帰りたいのだろう。


 私は、支度部屋の中をぐるりと見まわした。部屋の中には、着替えている途中の人もいるが——水色の着物を着ている人は、見当たらない。


 ——もう、着替え終わった人なのかな……?


 どうしても誰だったのかが知りたい私は、神楽団の中から、同級生を見つけ出した。彼は楽器の演奏を担当していたので、舞い手が誰なのかは、もちろん分かっているはずだ。


「お疲れさま。今日の神楽はすごく面白かったよ。それで、最後の演目で、水色に銀色の刺繍がしてある着物を着ていた人って、誰?」

 

 私がたずねると、同級生はなぜか、眉間みけんしわを寄せた。


「はぁ? 最後の演目で着ていたのは『紫の着物』と『赤の着物』だよ。お前、ちゃんと見てなかっただろ」


 ——え……? 


 訳が分からなくて一瞬、言葉を失った。着物の色のことではない。同級生は今、2人分の着物のことしか言わなかった。舞台で舞っていたのは、2人ということだ。


 私はすぐに、不味いことを言ったと気が付いた。


 いつも2人だった舞い手の男性を、今年は3人にしたんだ。などと、呑気に神楽を見てたが、どうやら人間は2人しかいなかったらしい。 

 

 私は人ならざるものが視えても、顔のパーツが分からない。いつもは顔が分かるかどうかで、人間か、そうでないかを判断していた。


 ただ、演目の最中は皆、面をつけていたので、顔があるかどうかなんて確かめようがなかったのだ。それに、あまりにも舞が綺麗だったので、人間かどうかなんて考えもしなかった。


 そんなことには気が回らない程、素晴らしい舞だったのだ。


 しかし、とりあえずこの場を何とかしなくてはいけない。


「あぁ、そうだった! 他の演目と間違えたかも」


 私は、笑って誤魔化した。


「もー、ちゃんと見ろよ。俺たち頑張ってるのに!」


 同級生は呆れた顔をして、持っていた着物の紐を私に投げる。毎日遅くまで練習を重ねてきた彼がねるのは、当然なのかも知れない。本当はちゃんと見ていたが、説明するとややこしくなるので、誤魔化すしか方法が思いつかなかったのだ。


「ごめん、ごめん」


 とにかくもう、笑うしかない。


 拗ねる同級生をあしらいながら、私は壁にたくさん吊るしてある衣装を、一枚一枚見て行く。しかしその中には、薄い水色に銀色の刺繍がしてある着物は、一枚もなかった。


 やはり、あの水色の着物を着ていた人は、人ならざるものだったのだろう。ただ、不思議なのは、あれだけ集中して視ていたのに、耳鳴りも頭痛も、全く感じなかったことだ。


 もしかすると、あの水色の着物を着ていたのは、賑やかな音色に誘われてやってきた、神様のような存在だったのかも知れない。それなら、霊障がなかった理由も分かる気がする。



 私がトモキに、


「なんか今年の神楽、すごいな」


 と言った時、トモキは「そう?」と返した。それは、彼には水色の着物を着ていた男性が、だったのだ。トモキが見ていたのは、いつもと同じ人たちが舞う、見慣れた神楽の様子だったに違いない。

 

 それに気が付くと、同級生に声をかけた時、


「水色の着物を着ていた人が、1番上手かった」


 なんて、余計なことを言わなくて良かったと、私は胸をで下ろした——。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る