不思議な金縛り 後編

 ある日、明るくなる時間まで友達と遊んでいた私は、昼間はずっと寝ていて、目が覚めた時にはもう夕方になっていた。


 朝方帰ってきて、いつの間にか寝ていたので、カーテンは開いている。顔には西日が当たり、暑くて汗だくになった状態で目が覚めた。服が身体に張り付いて、気持ちが悪い。


 ——着替えるより、シャワーを浴びた方がいいな……。


 私は起きあがろうとした。身体をひねろうと、半身に力を入れる。すると、急に身体が固まって、動けなくなってしまった。金縛りだ。


 普通なら恐怖を感じるかも知れない。しかし、私は何度も同じような経験をしたことがあったので「またか……」と心の中でつぶやいた。この金縛りは、たしかに人ならざるものが関わっているが、全く恐ろしいものではない。


 ——今日はいつ終わるんだろう。長いんだよな……。


 私が動こうとするのを諦めると、布団の上をが歩きだした。


 姿は視えないが、まれている感触はある。声なら聞こえるかと思って耳をませていても、何も聞こえない。それに彼らは、私に何かをするわけでもない。


 とにかく、ただ同じテンポでぐるぐると歩き周るだけだ。


 最初の頃はもちろん驚いたが、何度も経験する内に、段々と慣れてくる。


 ——周るだけなら、他所よそでやってくれないかな。


 次第にそう思うようになった。害はないにしても、長時間動けないのは、少し迷惑だ。一刻も早く終わって欲しい。


 そして、ふと気が付くと、夕陽がしている部分に、オレンジ色のものが動いていた。ちょうど布団が凹んだ場所だ。


 ——あれ? 何でだろう、姿が視える……!


 初めて私の周りを歩くものの姿が視えたので、驚いた。しかし、それ以上に、奇妙な姿の方が気になる。オレンジ色のものに目をらすと、それは足のように視えた。


 ただ、人間の足ではない。


 細長い逆三角形のようなものが歩いて行くのだ。初めて視るものだったので、視えたところでそれが何なのかは分からない。しかし、どうせ金縛りになっていて動けないので、私は大人しく観察することにした。


 オレンジ色の細長いものは、時計の秒針のように、規則正しく動く。それをずっとながめていた私は、あるものを思い出した。


 ——なんか、ナイトクローラーみたいだな。


 人間の下半身だけのような、有名な未確認生物だ。ゆっくりと歩いているのを、テレビで見たことがある。たしか、森の精霊だと言っていたはずだ。今は足の部分しか視えないが、上はどうなっているのだろう。


 しばらくすると、徐々に夕陽が下がってきた。部屋の中が濃いオレンジ色に染まり、私の周りを歩いているもの達にも夕陽が当たる。すると、胴体や、頭の部分も視えるようになっていった。


 ——なんだろう? 何かのキャラクターみたいだ……。


 全身はオレンジ色の人形みたいな姿をしていて、頭には白っぽいものを被っているように視える。初めて視るものなので、それが髪の毛のようなものなのか、帽子なのかは分からない。


 形はパイナップルの上の部分か、細長い王冠のような感じだ。


 そして、進行方向に向かって両手を広げ、私の上で4体が片方の手を合わせた状態で、淡々と歩いている。その姿は遊んでいるのではなく、真面目に何かの儀式をしているようだ。


 オレンジ色の人形のようなものたちは、規則正しく足を動かし、私の周りを、ぐるぐると円を描くように歩いて行く。


 いつもは周っている時間が退屈だったが、姿が視えると、何だかずっと視ていられる。オレンジ色のものは『動く人形』なのか、それとも『ナイトクローラー』なのか、それとも……。色々と考えを巡らせていると、オレンジ色のものは急に立ち止まった。


 ——どうしたんだろう?


 私が4体を順番に見つめると、オレンジ色のものたちは、すうっと消えていった。


 金縛りが解けた私は、ごそごそと布団から起き上がる。狐につままれた気分で呆然と座っていたが、布団の周りを見るとやはり、小さな足跡が円を描いたように残っていた。あのオレンジ色の人形みたいなものが、夢ではなく、本当に私の周りを歩いていた証拠だ。


「あれは一体、何だったんだろう……」


 今まで似たようなものすら視たことがない。視えてしまうと、今度はその正体が気になる。私はオレンジ色のものの絵を描いて、霊感が強く、都市伝説が好きな知人に会いに行った。



「ねぇ。これって、何なのかな……」


 私は知人に絵を手渡した。


「なにこれ、人形? これが布団の周りを歩いてたのか?」


「うん、そう」


「こんなものは見たことも、聞いたこともないけどなぁ……」


 知人は首をかしげた。


「やっぱり、そうだよね。別に霊障れいしょうもなかったし、何をされるわけでもないし、不思議な感じだったんだよね」


「う〜ん……。これは、何かの霊というよりも、精霊や神様に近いものなんじゃないか?」


「なんか、ナイトクローラーっていう妖精に、似てない?」


「でもこれは体があって、頭には王冠みたいなものを被ってたんだろ? ちょっと違う気がするけどな……。霊障はないにしても、何か変わったことはなかったのか?」


「変わったこと……。そういえば、ぐるぐると歩き周られた後は、やたらとモテるような気がするな……」


「モテ期がくる神様か!」


 ハハッと知人は声をあげて笑った。本当に、そんな神様がいるのだろうか……。


 その後も、同じように布団の上を歩き周られることはあったが、姿が視えたのは、あの夕陽が当たっていた時だけだった。おそらくフィルターをかけるように、夕陽のオレンジ色を通したので、視えたのだろう。


 もしかしたら、また夕方まで寝ていれば、姿を視ることはできたかも知れない。しかし視えたところで、またオレンジ色の人形みたいなものがただ歩くだけなので、やらなかった。


 あの姿は人間ではないことは確かだが、その正体も、なぜ儀式のように私の周りをぐるぐると周っていたのかも、未だに何ひとつ分からないままだ。

 

 

 そして、古い2階建てのアパートから引っ越すと、不思議な金縛りに遭うことは、なくなった——。


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