第22話 不思議な金縛り(不思議)前編

 夜中にふと目を覚ますと、なぜか身体が動かない。


 それなのに、目をあけることだけはできた。


 ——また、金縛りか……。


 慣れているので別に驚きはしないが、身動きが取れないのは少々つらい。それに、が視えてしまうのは嫌だ。私は目をつむって、金縛りが解けるのを待った。


「毎日金縛りにあうような部屋で、よく暮らすよね」


 友人が呆れた顔をしていたのを思い出したが、引っ越し費用はそう安くない。多少のことは、我慢するしかないのだ。


 10分ほどして金縛りは、すうっと解けた。


 周囲に嫌な気配は感じないので目を開けると、まだ外は真っ暗だ。


 ——なんか、目が覚めたな……。


 真っ暗な部屋で起きているのが嫌だった私は、おもむろにテレビをつけた。夜中なので通販番組ばかりだ。見たら欲しくなってしまうので、チャンネルを変えて行く。


 すると、バラエティ番組の再放送をやっているチャンネルが1つだけあった。さまざまな問題を、そのジャンルの専門家が解説する番組だ。明るい笑い声が絶えない番組なので、今はちょうどいい。


 また眠くなるまで。と思いながら、ぼーっと画面をながめる。


 最初は特に興味がなかったバラエティ番組だが、見ていると意外に面白い番組だ。そして、次の相談が始まった瞬間、私はさらに目が覚めてしまった。


「実は、よく金縛りになるんですよ。目を開けても何もいないんですけどね……。でもやっぱり、怖いじゃないですか……。どうやったら、金縛りにならないようにできますか?」


 女性芸能人が怯えた表情で相談をしている。まさに今の私の状態と同じだ。なんとなく興味がいて、寝転がったまま耳をませた。


 相談者の話が終わり、今度は専門家が答える。


『金縛りは、心霊現象ではありません。身体が休んでいるのに、脳は活発に動いている[レム睡眠]の状態の時になるものなんですよ。だから、恐れることはありません。安心してください』

 

 テレビの中で、脳科学者だという男性は得意げに話す。


「安心、ね……」


 ため息と共に、声がれた。どうやら金縛りに遭わない方法を教えてくれるわけではないらしい。


 たしかに、明晰夢めいせきむを見た時も、それが悪夢でも良い夢でも、起きる寸前には金縛りのような感じになる。それがレム睡眠の状態なのかも知れない。


 しかし目覚めた時に、目の前にがいたとしても、この男性は同じことが言えるだろうか? 


 幼い頃からよく金縛りにう私は、夢の中と同じように、身体の一部に赤くなった手の跡があったり、ひどい時は血がにじんでいたこともある。心霊現象でないのなら、夢を見たせいで、勝手に血が出てきたとでも言うのだろうか。私にはそちらの方が、非現実的のように思える。


 おそらくあの男性は、本当の金縛りになったことがない人だ。そんな人がなぜ、心霊現象ではないから安心しろ、と胸を張って言えるのだろう。


「心霊的な金縛りは、寝ていても起きていても、関係なく起こるものなんだよ。まだまだ勉強不足だね」


 私は、テレビの中の脳科学者に語りかけた。




 初めてのひとり暮らし。私が住んでいたのは、毎日のように金縛りにあう部屋だった。


 原因の1つはおそらく下の部屋で、以前、亡くなった人がいたらしい。入居したばかりの頃はその事実を知らなかったが、たしかに妙な出来事はいくつかあった。


 下の部屋はカーテンが閉まっていて、中は見えない。それなのに、窓の内側に何かがいるのは分かった。部屋の前を通ると、嫌な気配を感じるのだ。

 

 それを感じていたのは私だけではないようで、部屋の前を通る人は、必ずちらりと窓に目をやる。通る度に、誰かが窓の所に立っていて、にらんでいるように感じるのだ。


 私は生まれ育った家のせいで他の人よりは敏感な方だが、霊感がない人たちが気配を感じるということは、それほど力が強いのだろう。


 それを証明するかのように、私は部屋の前を通るたびに、刺すような頭痛を感じていた。悪意が強いものほど、頭痛は起こりやすい。なるべく急いで部屋の前を通り過ぎるが、それでも、酷い時は痛みで手に汗が滲んだ。


 ——こういうのを、悪霊って言うんだろうな……。


 そう思ったが、よく考えると、私はそんな部屋の真上に住んでいるのだ。完全に部屋選びを間違えてしまっている。相場の3分の2程度の家賃で借りられる、古い2階建ての木造アパートだが……。やはり、安さで選んだのが間違いだったのだろうか。

 

 新しい人に部屋を貸さないのも、その辺りに理由があるのかも知れない。普通は部屋で誰かが亡くなっていても、次に入居する人にだけそのことを伝えれば、後は何の問題もなく貸し出せるはずだ。


 問題があるとすれば、それは心霊的なクレームがあった場合で、何度も続くと、不動産会社はその物件を手放すのだそうだ。不動産業界は、心霊現象には結構厳しいらしい。


 別に、下の部屋にいる何かが、私の部屋に来るわけではない。しかし、誰もいないはずの下の部屋からは、物が壁にぶつかるような音が毎日聞こえていた。それに、イライラしたような嫌な雰囲気を感じる。ただ、その頃は空室だとは知らなかったので、


 ——下の部屋の人って、ちょっと頭がおかしい人なんだろうな。出会さないように気をつけよう。


 そんなふうに思っていた。下の部屋で誰かが亡くなって、開かずの間になっているという事実を知ったのは、2ヶ月くらい経った頃だ。毎日のように起こる金縛りが、その下の部屋の影響だと、その時にやっと気が付いた。


 そして困ったことに、金縛りはもう1つあった。


 それは、その部屋でしかなったことがない、不思議な金縛りだ。

 

 金縛りは夜中に起こることが多いが、不思議な金縛りはなぜか、明るい時間にしか起きないものだった。朝、何かの気配を感じて起きると、そこから金縛りになるのだ。


 私が動けなくなると、布団の周りでが歩きだす。


 はっきりとは視えないが、幼い子供くらいの大きさのものが4体、私の布団の周りを、ぐるぐると回っているようだ。


 その金縛りは、顔だけは動かすことができるので、横を向いて布団を見ると、その何かが踏んだ場所は、小さく細長い感じで凹んでいく。


 遊んでいるのか、何かの儀式なのか、どちらなのかは分からないが、何故か私の周りをぐるぐると歩いて、しばらくすると消えていった。

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