呪いの館と人形部屋 3


 隣にある支度部屋の上からのぞく細い目と、視線がぶつかった。


 それは家族ではない。親族を恨んでいる私のご先祖さまは、未だに成仏することなく、支度部屋の中で私たちを呪っている。すでに人の形ではなくなってしまったご先祖様が、無様ぶざまに床にいつくばった私を、細い目でにらみつけているのだ。


 ——なんで、こんな家に生まれたんだろう……。


 心の底からそう思ったが、子供の自分には、どうする事もできないという事は、ちゃんと理解していた。この家から出られるのは、もっと大人になってからだ。


 それに、霊体が視えない人たちに助けを求めても、誰にも理解してもらえないし、助けてもくれない。絶望している暇があったら、考えないと。


 正体が分からないものと、家を呪っているご先祖様。どちらも嫌だが、選ぶなら、元々家にいるご先祖様の方がマシだと思った。

 

 睨まれるくらいのことは、もう慣れている。


 私は四つんいのまま、支度部屋へ逃げ込んだ。


 すると、人形の中から出てきそうになっていた何かは、ゆらりゆらりと何度か揺れた後、人形の中へ戻って行った——。


 うつ伏せになった人形が、静かに床に転がっている。


 おそらく、元々家にいるもの達の方が、力が強いのだろう。彼らは、私が生まれるよりもずっと前から、呪われた家の中で力をたくわえている。


 私は放心状態で座り込んだまま、人形を見つめていた。


 そして、ふと気がつくと、人形たちが飾られた棚の向こう側には、人間よりも大きな影が揺らめいている。嫌な感じはしていなかったが、あまりにも大きかったので、ギョッとした。


 ——あれは一体、何の霊なんだろう……。


 その大きなものが、いつから人形部屋にいたのかは分からない。もしかすると、ずっと前から部屋の中にいたのに、人形たちに気を取られて、気付かなかっただけなのかも知れない。


 私の家はなぜか、人ならざるものたちが集まって来てしまうのだ。居心地がいいのか、一度家に入ってくると、中々出て行ってもくれない。


 家の中には、得体の知れない何かが、ひしめいている。


 ここは本当に、外と同じ世界なのだろうか。



 その日の夜、私は熱を出した——。


 記憶は全くないが、ずっとうなっていたらしい私が見ていた夢が、人形部屋の美しい人形たちに、追いかけ回される夢だったのは、言うまでもない。


 それでなくても、幼い頃から恐ろしかった人形部屋。あの、黒地に赤い花柄の着物を着た人形にまつわる出来事は、私のトラウマとなり、その後は部屋に近づくことはなくなった。




 ——あぁ、嫌なことを思い出してしまった……。


 寒気を感じた私は、法事が終わった瞬間、逃げるように実家を後にした。


 帰りも、私が車を運転して、タキは助手席に座る。私は過去の嫌な出来事を思い出し、タキは得体の知れない恐怖を感じて、2人共、黙り込んでいた。


 勝手に再生されているロックバンドの曲も、全然耳に入らない。無言のまま、しばらく車を走らせた。


 車が1台しか通れないような田舎道を10分程走り、大きな道路に出ると、少しだけ気分が楽になる。実家から離れることができたという、安心感なのかも知れない。


 すると、ずっと黙っていたタキが、やっと口を開いた。


「なんか、あれだな。お前の家って……」


 そこで言葉が詰まったタキの言いたいことは、何となく分かる。


「「呪いの館」」


 2人の声が重なって、思わず吹き出した。緊張が解けて、タキの顔にも笑顔が戻る。


「俺も、色んな心霊スポットに行ってるけどさ……。お前の家には、もう行きたくないわ……。『呪いの館』っていう映画が作れそうだ」


 タキは苦笑いをした。私でさえそう思うのだから、巻き込まれたタキが『行きたくない』と思うのは当然だ。


「ありがとな、ついて来てくれて。退屈だったんじゃないか?」


「いや、俺も1回行ってみたいとは思ってたんだよ。毎日、怪奇現象が起こる家って、心霊スポットよりすごいじゃん。でも、あそこまで酷いとは思ってなかったよ……。誰もいない場所から足音が聞こえたり、何かに触られたような気がしたんだけど……。もしかして、俺も霊感が強くなったのかも知れないな」


 タキが目を輝かせて私を見た。


「まぁ、あの家がそういう場所なんだよ。別に、霊感とは関係ないと思うよ」


「やっぱり、そうだよな。他の場所で何かを感じたことはないからなぁ。お前の家が呪いの館だから、変な気配を感じたのか」


「そうそう。それに霊感なんて、無い方がいいんだよ」


 私が言うとタキは「そうかなぁ?」と、不満げに返した。今、怪奇現象が起こる私の実家にはもう行きたくない、と言ったのに、もう忘れたのだろうか。


 霊感が強くても、いいことなんて一つもない。



 私はタキの右足を、ちらりと見た。



 タキの膝には、小さな女の子が、抱きついている。


 私の実家からついて来た子だ。しっかりと膝を抱え込んでいるので、当分離れないだろう。女の子がタキの足に抱きついているのは、ずっと視えていたが、まさか付いて来るとは思わなかった。もちろんタキは、女の子には気付いていない。


 もし霊感が強くなっていたら、彼は今、笑ってはいないと思う。


 ——ほら、霊感がなくてよかったでしょ?


 私は心の中でつぶやいた。 

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