呪いの館と人形部屋 2

 そして人形たちは、勝手に部屋の外に転がっていることがあった。


 母はまるで、ゴキブリでも見るかのような目で人形を拾い、大きな音を出して棚に置く。毎回ため息をつくが、それは居間でテレビを見ていても聞こえるような、大きなため息だ。


 母の機嫌が悪くなると面倒くさいので、人形が外に出ているのを見かけると、私と妹は急いで人形を棚に戻していた。



 

 小学3年生の頃、祖父が旅行へ行って、また人形を買ってきた。


 新しく家にきた人形は、黒地に赤い花柄の着物を着ていて、髪には金色の派手なかんざしが飾られている。顔は芸妓げいこさんのように美しく、小さな口には真っ赤な口紅が塗られ、目尻にも同じように、赤い線が引いてあった。


 他の人形よりもひとまわり大きくて、細かい部分も丁寧に作られている。子供の目で見ても、とても高価なものだということが分かった。そして、どの位置にいても、こちらを向いているように見える細工が施してある。


 祖父は、精巧せいこうな作りの人形を、自慢げに見せて説明してくれたが、私は少し不安になった。


 ——また、目が動いたらどうしよう……。


 祖父には言っていなかったが、以前、同じような細工がしてある人形の目が、動いたことがあったのだ。芸妓さんのように美しい人形からは、妙な気配を感じる。何となく嫌な予感がするのは、私だけなのだろうか。




 ある日、支度部屋に置いてあるタンスへ服を取りに行くと、いつもは閉まっている人形部屋の扉が、開いていた。


 ——誰かが、閉め忘れたのかな?


 真っ暗な人形部屋の中が見えるのは、かなり不気味なので、閉めようとすると、白っぽいが床に転がっているのが見えた。朝になって、母が掃除機をかける時に落ちていると、また母の機嫌が悪くなる。私は、こけしを棚に戻すことにした。


 そして、棚の上の方に手を伸ばした瞬間——1番高い場所に置いてあった、黒地に赤い花柄の着物を着た人形と、目が合った。


 祖父が新しく買ってきた人形だ。祖父からは『目が合ったように見える細工がしてある』とは聞いていたが、何となく、殺気のようなものを感じる。


 ——やっぱり、この人形の中には何かいるんだ……。


 そう思った瞬間、人形の目が、ぎょろりと横に動いた。


「ひぃっ」と、言葉にならない声が漏れ、一気に汗が滲み出る。目が動いたのは、気のせいではない。その証拠に、右側にある人形の顔は、いつの間にかこちらを向いている。


 背中を向けることができず、後退りしながら部屋を出ようとすると、人形はガタガタと音を立てだした。動こうとしているようだが、何かに邪魔をされているようだ。


——そうか。落ちないようにしてあるから、動けないんだ。今のうちに……。


 私は身をひるがえし、ドアの方を向いた。すると、


 ミシ、ミシッ 


 後ろの方から、細い木が、折れたような音が聞こえた。


「えっ……?」私が振り向くと、目の前は真っ暗に。黒い塊に視界をさえぎられたのだ。驚いた私が思わず目をつむると、


 ぼとっ…… 今度は鈍い音が響いた。


 つま先には重みを感じる。恐る恐る足元を見た私は、震え上がった。


 美しい顔が、私を見ている。あの人形だ。


「わあぁ!」


 叫んだ途端に呼吸が苦しくなり、自分の心臓の音が、頭の中に響いた。こめかみの辺りが痛みと共に、脈打っているような気がする。


 私が飛び退いた拍子に、人形はうつ伏せになったが、それでもまだ、嫌な視線を感じた。


 ———早く、逃げないと……!


 硬直している身体を何とか動かそうと、力を入れる。しかし、今までどこをどうやって動かしていたのかが分からない。まるで、自分の身体ではなくなってしまったようだ。あせれば焦るほど、足は震える。


「……ねぇ……」


 その時、ささやくような声が頭の中に響いた。


「えっ……何!?」


 普段は絶対に、人ならざるものには反応しないようにしているが、混乱していたので、訊き返してしまった。すぐに、やってはいけないことをした、と気付いたが、もう遅い。


 もう一度声がして、今度はハッキリと聞こえた——。


「ねぇ…… 抱っこ…… 抱っこして……」


 幼い、男の子の声だった。


 言葉が聞こえた瞬間、足先の方から強烈な寒気が襲ってきて、身体はガタガタと激しく震え出した。急いでその場から逃げ出したいのに、足は全く動かない。


 そうしている間に、人形が視えづらくなり、それは二重になっているからだと気が付いた。人形に、何かが覆いかぶさっているようにも視える。


 ——もしかしたら、取り憑いている何かが、出てくるのかも知れない……。


 もう後退りなんてしていられなかったので、私は部屋の出口へと向きを変えた。震える足を懸命に動かす。


 ——あと、もう少し。


 ドアに手を伸ばした瞬間、つま先に痛みを感じ、身体が宙に浮いた。そして、そのまま床に叩きつけられると、視界は一瞬真っ暗に。畳縁たたみべりにつまずいて転んでしまったのだ。痛みで余計に恐怖を感じて、うまく呼吸ができない。それでも、早く逃げないといけないのは分かるので、私は出口に目をやった。すると——


「えっ……?」

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