第21話 呪いの館と人形部屋(ホラー)1

 私が生まれ育った家は残念ながら、普通の家ではなかった。


 人ならざるものが集まりやすい家では、毎日のように怪奇現象が起こる。私は幼い頃から、自分の家が嫌で仕方がなかった。


 大学は、わざと家から離れた場所を選び、何とか家を出ることができた。しかし、それだけで完全に逃げられるわけではない。




 大学1年の秋、父からメールが届いた。


『近い親族だけで法事をするから、帰って来るように』


 田舎の法事は、家で行われることが多い。


 何とか逃れようと「バイトがあって、休めない」と嘘をついてみたが、結局受け入れてもらえなかった。大学の費用を出してもらっていることを考えると、あまり強くは断れない。そして色々と考えた末、


 ——それならせめて、誰かを連れていこう。


 という妥協案を思い付いた。実家に連れて行くなら、私が霊感があることを知っている友人がいい。それに仲が良い人間の方が、少しは気が紛れるだろう。


 そう考えた私の脳裏に浮かんだのは、友人のタキだった。


 彼は霊感がないので、霊に対しての恐怖心がない。おまけに他の友人たちと心霊スポット巡りもしている。そんな彼なら、私の実家にも耐えられると思ったのだ。実家に着いて車から降りると、


「おぉ! なんか、雰囲気あるね」


 と、彼は目を輝かせた。彼が興味深そうにしているということは、やはり私の実家は、心霊スポットと同じだということだろうか。そこは否定しないが、何となく複雑な気分だ。


 そして家の前に立つと、馴染みのある、威圧されているような空気を感じた。


 ——やっぱり、入りたくないな……。


 私はしばらくの間、玄関をにらんでいたが、まだ入る覚悟ができないうちに、扉が開いてしまう。


「何やってんだ、早く入れ」


 玄関の扉を開けたのは、父だった。こうなったらもう、中に入るしかない。私は仕方なく家の中へ足を踏み入れた。


 ひんやりとした空気が、身体にまとわりつく。


 すると、しばらくの間忘れていた感覚を思い出した。


 常に、突き刺すような鋭い視線がつきまとう。目を閉じれば、私を睨みつける細い目が脳裏に浮かぶ。


 ぼんやりとした陽炎かげろうのようなものが、家の至るところに視える。あまり見つめると、はっきりと視えてしまうことがあるので、私はすぐに視線を外す。


 どこからともなくささやくような声が聞こえ、自分にしか聞こえないラップ音が鳴り響く。


 ——あぁ、戻ってきてしまった……。


 懐かしむ気持ちなんて、かけらもない。ただ、早く帰りたい。それだけしか考えられなかった。友人のタキが一緒に来てくれたことだけが、せめてもの救いだ。


 そして、30分ほど経った頃のことだった。


「なんか、右足が気持ち悪い……」


 タキは顔をしかめて、右足をさする。霊感がないタキは、何も感じないだろうと思っていたが、どうやら気が付いたらしい。彼の足元を視た私は、


 ——そうだろうね。


 と思ったが、あえて何も言わなかった。世の中には、知らない方がいいことも、たくさんあるからだ。


 霊感がない人間でも、人ならざるものの気配を感じる家。いつもは、くだらない冗談ばかり言って笑わせてくれるタキも、すっかり大人しくなってしまった。彼なりに、異様な雰囲気を感じ取っているらしい。


「お前が言ってたことって、本当だったんだな……」


 と、顔をこわばらせる。


 タキには、この家がどんな風に見えているのだろうか。


 この家の中には、私が安心していられる場所はない。タキを連れてくれば、少しは気が紛れるかと思っていたが、それが甘い考えだということは、すぐに分かった。



 法事の準備で、奥の部屋に座布団を取りに行くと、が1体、床に転がっていた。


 それは誰かが持って来たわけではない。


 こけしは人形部屋に飾られているはずのものだ。それなのに、気が付くと、こうして隣の部屋の床に転がっている。私は幼い頃から、何度も同じ光景を見ていた。


 床に転がって、私を見ているこけしと目が合うと、過去の嫌な記憶がよみがえる——。



 

 物置になっている部屋の奥にあるのは、祖父の為の人形部屋だ。


 そこには、80体以上の美しい人形たちがいる。


 祖父の趣味は旅行で、どこかへ行く度に、新しい人形を買ってきた。祖父が買ってくる人形は、キャラクターのような可愛らしいものではなく、生きている人間のような顔をしたものばかりだ。


 祖父はも好きだったが、こけしもまた、舞妓まいこさんのような綺麗な顔をしている。目元にはくっきりと黒い線が引かれ、真っ赤な口紅を塗って、まし顔をしていた。


 そうやって、生きている人間に似せて作った人形には、魂が宿るらしい——。


それを証明するかのように、祖父が旅行から帰ってくると、なぜか人間が2人いるような気配を感じる。


 祖父が友人でも連れて帰ってきたのかなと思ったら、家の中に入ってくるのは祖父だけだ。そして、もう一つの気配は、持っている紙袋の中から感じる。そういう時は袋の中身を見なくても、人形だとすぐに分かった。


 祖父も霊感があるせいか、何かが取り憑いている人形ばかりを、高確率で引き当てしまうのだ。そして、被害に遭うのはだいたい私だった。


 誰も触っていないはずなのに人形が動いていたり、人形から抜け出した人ならざるものが、部屋の中に立っていたり。無視すればいいと分かっていても、子供の頃は本当に怖かった。


 人形たちは皆、美しい顔立ちをしていて、それが余計に恐怖をき立てる。


 人間は死んで身体が無くなると、元の形と似たようなものの中に入りたがるらしい。人形の中にいるもの達は、元は人間だったものが多い気がする。


 ただでさえ、人ならざるものが集まる家なのに、人間そっくりの人形なんて、買ってこないで欲しかった。


 人形が増える度に、目に見えない何かも増えて行く。


 家の中に、人間が大勢いるような気配を感じる。


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