鈴の音 2

 ———私はやっぱり『普通』にはなれないのかも知れない。


 負の感情が心に重くのしかかる。

 

 生きていないものが出す音は、直接頭の中に伝わることが多いが、音が耳から入ってきているのか、直接頭の中で響いているのか、私には区別がついていないようだ。


 普段からおかしな事を言わないように、常に気をつけてはいるが、視覚だけでなく聴覚まで疑い出したらもう、普通の生活が送れなくなってしまう。


 私が考えを巡らせている間も、鈴の音はずっと聞こえている。なんだか、私のことを嘲笑あざわらっているかのようだ。


 言いようのない悔しさを感じた私は、唇をグッと噛み締めた。


 ———どうせ私は、普通じゃない。そんなの、自分が1番よく分かってる。


 音がする方をにらみつけると、鈴の音は次第に小さくなって、聞こえなくなった。


 

 +

 

 季節は秋になり、私はまた1人で路地を歩いていた。

 

 秋祭りの為か、路地の両側には、わら縄が張ってあり、白い紙をジグザグに切った紙垂しでが飾られている。風に吹かれてふわりと揺れる紙垂を見ると、思わず足がすくむ。


 私にとって紙垂はよくないもので、実家で起こった数えきれない程の恐怖体験を思い出すので嫌だった。


 紙垂は、神聖な場所でよく見かけるものだが、私の実家では、不吉な事が起こった場所に置くものだった。関わってしまうと、必ず恐ろしい事が起こる。


 真っ直ぐな路地に沿って紙垂が揺れているのを見ると、まるで黄泉への道標のように感じてしまう。


 路地の先が、段々と暗くなっていくように感じる。声なのか、音なのか分からないような、ざわめきが聞こえてくる。


 それは現実に起こっていることなのか、恐怖心が私にそう感じさせているのか、どちらなのかは分からない。ただ、どちらにしても、怖いことに変わりはないのだ。背筋がぞわりとして前が見れないので、うつむいたままで歩く。


 するとまた、鈴の音が聞こえた。


 そしてその音は、路地の先の方へ誘うように鳴っている。


 ———いつもは付いてくるだけなのに、どこへ行くんだろう……?


 鈴の音は、友人のアパートを通り過ぎても、まだ前へ進んで行く。それは生きている猫が出している音ではない、ともう分かっているので、放っておけばいいはずなのに、私はそのまま鈴の音について行った。


 自分でも、なぜ気になるのかは分からない。


 ———もし、私の秘密を知っている友達にこの事を話したら、また「あり得ない」とか言われるんだろうな。


 そう思うと、つい笑みがこぼれる。子供の頃から、やってはいけないと言われると、やりたくなってしまう性分なのだから、仕方がない。


 友人のアパートより先へは行った事がなかったが、奥へ行けば行く程、人の気配は感じなくなり、寂しい雰囲気になる。なんだか全く知らない世界に来たみたいだ。生きている人間は自分しかいないような気がしてくる。


すると、ふと、足が止まった。


 ———あ……。小さなほこらがある。


 私は普段、何かに呼ばれた気がしてそちらを向くと、お地蔵様があったり、祠があったり、ということがよくある。


 祠の中には小さなお地蔵様と、陶器の白い猫が置いてあった。


 辺りを見回しても何も見えないが、何となく、鈴の音を出していた猫が「一度祠を見に来い」とでも言いたかったのかも知れない。と思った。


 猫が好きそうなものなんて何も持っていなかったので、手を合わせてから、陶器の白い猫をなでる。


「本当は、生きている時に、なでたかったけどね」


 と私がつぶやくと、祠の屋根の上から、チリン、とまた音が聞こえた。


 見えない猫は、私に悪さをする気などないのが分かる。前に睨みつけてしまったことをふと思い出し、後悔した私は「ごめんね」と一言謝ってから、友人の部屋へ向かった。



  +


 冬になり、細かい雪がちらついていたある日、また友人の部屋へ遊びに行く事になった。


 雪でうっすらと白くなった路地を1人で歩く。すると、何かの違和感に気付き、足が止まった。


 ———なんだろう。何かがいつもと違う。……あぁ、そうだ。鈴の音が聞こえない……。


 毎回聞こえていた鈴の音が、今日はなぜか聞こえてこないのだ。


 普通なら、自分にしか分からない音なんて、聞こえなくていいはずなのに、聞こえないと何となく物足りない。


 私は無意識に辺りを見回した。


 ———今までは必ずついてきていたのに、何でこないんだろう。


 私は何故か、見えない猫の姿を探す。たとえ視えたとしても、それは生きている猫ではなく、関わりたくない世界のはずなのに、なぜ探すのか。自分でもよく分からない。


 するとその時、急に突き刺すような視線を感じた。


 悪意を持って、私を見ているものがいる。


 頭の真ん中辺りが、ズキズキと痛む。


 今までこの路地で感じた事がない、強い気配だ。

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