第17話 夜勤(ホラー)前編
「病院って、夜になると何か出そう」
久々に再会した友人のサクラは、看護師をしている。
彼女は総合病院のような大きな病院で働いており、就職が決まった時は大喜びだった。せっかく有名な病院で働けるのだから、もし結婚したとしても仕事は一生続ける、と張り切っていたのを覚えている。
かなり競争率が高かったらしいので、一段と喜びが増したことだろう。
そんな彼女がなぜか会うなり、仕事を辞めたい、と言い出した。
最初は、看護師はとても重労働でキツイ仕事だと聞いていたし、もしかしたら人間関係がうまくいっていないのかも知れない、と思ったが———詳しく話を聞くと、どうもそうではないらしい。
お酒を飲みながらサクラが語ったのは、こんな話だった———。
サクラは、夜勤をするのが嫌で
病院には、いつどうなるか分からない患者さんも大勢いるので、夜中になっても、何度も病室を見まわらなければならない。
夜中に病室へ行く時には、患者さん達を起こさないように、小さなライトで足元を照らして、真っ暗な廊下を1人で歩く。
消灯後は、なるべく音を立てないようにしないといけないので、自分の足音にも気を遣い、咳払いやくしゃみもしないように、と言われている。
真夜中の病棟の廊下はとても静かで、小さな物音がしても、過剰に反応して不安になった。
元々ホラーやお化け屋敷も苦手なので、暗闇で何かが動くと何もかも幽霊ではないかと疑ってしまうが、そこまで恐怖を感じるのは、先輩たちのせいでもある。
夜の病院はただでさえ怖いのに、ベテランの看護師たちは、嫌な話ばかりしてくるのだ。
夜の見回りの時についてくる足音が聞こえる。とか、
亡くなった患者さんの部屋から、うめき声が聞こえた。とか、
夜中に白い影が歩き回っているのを見た。とか、
床から白い手が出て、足を掴んでいた。とか、
その手の話をたくさん聞いていたので、1人で真夜中の廊下を歩いていると、どうしても思い出してしまう。
たしかに、白い影が視えた気がしたり、患者さんがいないはずの部屋から声のような音が聞こえたことはあったが、確認したわけではないので、全部気のせいだと思うことにしていた。
そうしないと、病院の夜間の見まわりなんて、恐ろしくてやっていられない。
そして、ある夜勤の日。夜中に廊下を歩いていると、階段の踊り場に人影があるのが目に入った。
最初は驚いたが、よく見るとそれは、男性の患者さんのようだ。ほっと胸をなでおろしたサクラは患者さんに、部屋に戻って下さい、と声をかけようとした。
消灯時間を過ぎたら、患者さんは病室から出てはいけないことになっているからだ。
すると、その男性はくるりと向きを変えて階段を降りていったので、サクラもすぐに追いかけた。
ただ、夜中なので他の患者は皆就寝中で、音を出すことができない。
待ちなさい、と大きな声を出す訳にもいかないし、走ったりも出来ないので、できる限りの早足で男性を追いかける。
相手は病人なので、すぐに追いつけると思った———。
しかし、男性は普通に歩いているように見えるが、入院患者とは思えないくらいの速さで歩いていく。毎日のように広い病院内を早足で歩き回っているサクラでも、全く追いつける気がしなかった。
そして、下の階まで追いかけていくと、その男性は突き当たりの部屋へ、スッと入っていったので、追いついたサクラもその部屋の前に立つと———、
信じられない事が起こった。
———今、患者が入っていった部屋の扉が、閉まっている。
男性が部屋に入る姿を間近で見ていたサクラは、男性が扉を開けずにそのまま部屋に入って行ったのを見ていた。廊下は静まり返っていて、扉を開ける音も聞こえなかったので、間違いはない。
サクラが病室の前に立った時には、扉は開いているはずだった。
閉まっている扉を見た瞬間、心臓の音は自分にも聞こえるくらいに大きく速くなり、手には汗が滲んだ。それでも、幽霊なんてあり得ないと、サクラは自分に言い聞かせる。
———そしてその時、ふと、思った。
今、男性患者を追いかけていた時、足音が自分のものしか聞こえなかった気がする……。
階段を駆け降りた時、患者の足音が聞こえただろうか……?
その場で、必死に思い出そうとした。
今も、自分の震える息遣いしか聞こえないくらい静かなのに、あんなに早足で歩いていた人の足音が聞こえないのは、おかしい……。
ほとんどの患者はスリッパを履いている。スニーカーなどに比べると音が出やすいはずなのに、なんの音もしていなかった。
そして何より、あの患者をどこかの病室で見たことがあっただろうか……。
自分が担当している病棟の入院患者の顔は、見れば大体分かるはずなのに、全く思い出せない。
———やっぱり、さっきの人は……。
考えれば考えるほど恐ろしくなって、全身が冷たくなって行くのを感じた。
男性が入っていった部屋の扉を開けて確認してみれば、もしかしたら、幽霊ではないと証明出来るかもしれないが……。
———でも、もし扉を開けて、さっきの男性が立っていたら……?
暗い部屋の真ん中に立っている男性が、自分を見ている姿が脳裏に浮かび、どうしても扉を開けることができない。
しばらくの間、扉に手をかけたままで震えていたが、結局、サクラは部屋の中を確認する事ができず、その日の見まわりは続けることができなかった。
そしていつもなら、何もなかった、と嫌なことは記憶から消してしまうところだが、さすがに気のせいだという事には、できなかった。
その数日後———。
本当なら、もう夜勤などしたくはないが、病院のシフトは交代制なのでそんなことは許されない。
前回の恐ろしい記憶が脳裏に焼きついたまま、次の夜勤の日になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます