第16話 穢れた土地(不思議)前編

 どんなに見た目を綺麗にしても、人間には消せないけがれがある。



 私がアルバイトをしていた場所は、漂う空気があまり良くない地域にあった。


 それがどんなものか、と聞かれても感覚なので、なんと答えればいいか分からないが、良くない場所特有の暗く、冷たい感じがする。


 寒い時期のきりが身体にまとわりつくような感じ。


 思わず息を止めたくなるような、鼻につく匂いがする。


 誰もいないのに、どこからともなくささやくような声が聞こえる。


 そんな場所だ。



 私は、常に人ならざるものが視えるわけではない。それなのに、アルバイト先へ行くと感度が良くなるのか、やたらとよく視えるようになった。


 いつもは視えたとしても、色がついた影のように視えることが多いが、生きている人間と区別がつかないくらい、ハッキリと視えるのだ。


 そして不思議なことに、影響を受けるのは私だけではなかった。


 全く霊感のない人達は、人ならざるものがいても認識できないので、怖がらない。しかし、私が働いていた店では、バイト仲間たちも、何度も怪奇現象に遭っているようで、皆が怯えている状態だった。


 しかも、長く働いている人程、波長があってくるのか、店の中にいる気配の強いものが、視えてしまった人もいた。普通なら、そんなことはあり得ないので、やはり私が働いていた焼肉屋は、特殊な場所なのだと思う。


 店の隣に住んでいる大家さんに聞いた話では、焼肉屋が出来るまでは、店が次々と変わっていたそうだ。


 店舗がコロコロと変わる場所は、いわく付きの場所も多い。近所のお年寄りに話を聞くと、大体よくない話をしてくれる。


 今の店ができる前は、そこはおもちゃ屋で、夜になると白い影が歩きまわり、幽霊が出るという、この辺りでは有名な心霊スポットだったらしい。


 目撃者も大勢いるという事だったが、それはとても珍しいことだ。


 私は、本当に視える人にはあまり出会った事がない。


 それなのに、大勢に目撃されているのが異常なのだ。


 たとえ霊感が強くても、視え方は人によって違うらしい。


 力の強い霊だけが視える人、

 妖精のようなものだけが視える人、

 自分に関わりがあるものだけが視える人、

 ある場所でだけ視える、という人もいるらしい。


 たしかに私の友人にも、霊感はないが、たった一種類の、妖怪みたいなものだけが視えた人がいる。


 心霊スポットになる場所は、霊感がない人でも視えやすくなる場所なのかも知れない。霊力が上がる場所。のようなものだろうか。


 

 そして、異常なのは焼肉屋だけではない。


 店の右側の交差点には、いつもがいた。


 本当は通りたくなかったが、そこを通らないとバイト先には行けない。私はなるべく周囲を見ないようにして、その交差点を通っていた。


 1番多く見かけたのは、黒っぽいワンピースを着た女性だ。

 

 女性はあまり動かずに、じっと道路の反対側を見つめている。まるで、誰かが来るのを待っているみたいだ。


 緊張しているのか、背筋をピンと伸ばしていて、待ち人が来たら、そのまま走り出してしまいそうな気がした。


 彼女が霊体となってそこにいるという事は、もしかすると、待ち人とは会えなかったのかも知れない———。



 交差点には、何度も横断歩道を行ったり来たりする、小学1年生くらいの男の子もいて、そこで事故があった事を連想させた。


 一度だけ視えるのは、ただそこに残る記憶の場合もあるが、何度も視えるのは、そこに人ならざるものがいるからだ。たとえ視えたとしても私たちは、あの世のものには関わってはいけない。


 悲しい出来事があったのは分かっているのに、視えないふりをして、信号待ちをするのが嫌だった。子供が視えてしまうと、やはり辛くなる。


 

 そして、交差点の近くには中華の店があったが、そこも幽霊が出ると有名な店で、夜中に写真を撮っている人を見かけたことがある。


 私もバイト仲間に誘われて一緒に行った事があり、たしかに店の中で人影が動いているのが視えた。がいるのは確かだ。


 ただ、心霊写真を撮ると張り切っていたバイト仲間は、全く霊感がない人だったので、写真を撮っても何も写らない。いくらそこに何かがいたとしても、霊感が全くない人には、写すことはできないのだ。


 そして予想通り、私も写真を撮れとカメラを渡されたが、それは全力で断った。


 私が写真を撮ると、撮った内の半分くらいは、他人に見せられないものが写り込んでしまうからだ———。


 


 店の近くには大きな交差点もあって、そこには、何度も事故が起こる横断歩道がある。バイト中も、パトカーや救急車のサイレンの音を何度も聞いた。


 その交差点はとても広く、さえぎるものは何もない。


 別に見通しが悪いわけではないのに、なぜか事故が起こるのだ。


 特に多いのは、自転車が車にかれる事故で、亡くなった人が何人もいる。


 何かがいるというよりも、私にはその交差点全体が暗い幕でおおわれているように視えていたので、その所為なのかも知れない。おそらく、霊感がない人でも、見えづらくなっているのだと思う。



 交差点に面している石材店には、何度も車が突っ込んだ。


「見通しはいいのに、なんで突っ込まれるんだろうな。意味が分からないよ。もしかして、呪われているのかな……」


 石材店の店長は、いつもぼやいていた。


 何度もき殺されそうになれば、愚痴をこぼしたくもなるだろう。



 

 店の近くには、生きてる人間よりも、人ならざるもの達の方が圧倒的に数が多い病院がある。

 

 とても古い病院で、待合の椅子に座っていると、周りには誰もいないはずなのに、ギシッと音がする。そして、何かが腕に触れてきた。隣の席に、何か大きなものがいるのは分かるが、目を凝らしても、何も見えない。


 入口の自動ドアも、誰もいないのに何度も開く。しかし、誰も気にしていなかったので、きっといつもの事なのだろう。


 病院の2階へ行く階段の前を通ると、胸の辺りを押さえて、立ったり座ったりを繰り返している男性がいた。胸が苦しくて、人を呼ぼうか、どうしようか、と迷っているような、そんな感じだ。


 男性を視ているとなんとなく、そこで亡くなったのかな。と思った。


 とても古い病院だったので、長い歴史の中で色んな事があったのは想像できるが、それにしても多い気がする。病院には、人ならざるものを引き寄せる力でもあるのだろうか。


 そして病院に行ったはずなのに、私は余計に体調が悪くなった。


 病気ではなく、間違いなく霊障れいしょうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る