第14話 災いを呼ぶ子と憂鬱(不思議)1

 我が家の仏壇の間には、小さな男の子がいる。


 その子は5歳くらいの男の子で、

 薄い青色の、浴衣のような服を着ている。

 帯の色は紺色で、いつも裸足だ。


 家の中に着物っぽい服を着た子供がいると聞くと、大半の人は座敷童ざしきわらしを思い浮かべると思うが、残念ながら仏壇の間の子供は、そんな可愛らしいものではない。

 

 私は彼の存在を認識する度に思う。


 彼は霊ではなく、妖怪でもなく、死神なのではないか、と———。




 普通の人達にとっては『仏壇にお参りをする』という行為は、先祖に挨拶をしたり日頃の感謝を伝え、加護をもらえたりする、どちらかというとご利益のある行為だと思う。


 しかし私にとっては何故か、命懸けの行為だった。


 我が家の仏壇の間には、災いを呼ぶ子供がいるからだ。


 いつ頃からだったかは忘れたが、その子に取り憑かれると、毎回死にかけるような、悪い事が起こるようになった。


 私は常に人ならざるものの姿が視える訳ではないが、近くに来たり、触られると分かる。

 

 男の子は視えていない時でも、私が部屋に近寄ると、まるで親戚の子供がじゃれつくように腕に掴まってくる。そんな訳で、いるのは分かるのだ。


 腕に目をやっても何も視えないが、掴まっている位置が肘の下くらいなので、きっと彼だろう。と思っている。


 私が畳の上に座ると、膝に乗ってきたり、後ろから首に掴まって来たりもするが、その時点では別に取り憑かれた訳ではない。


 私が仏壇の間に入ったから、戯れて来ただけだ。


 彼はずっと仏壇の間にいる。


 ただ、私が幼い頃はいなかった気がする。

 いつの間にか現れて、当たり前のようにそこにいた。

 

 そして、理由は分からないが、なぜか取り憑く時は決まって、私が仏壇にお参りをした後だった。


 毎回分かっていながら手を合わせるのが、本当に憂鬱ゆううつたまらない。


 彼は小さい男の子だったが、取り憑かれると、とんでもない事が起こる———。



 あれは、初めて取り憑かれた時の事。


 私は中学1年生で、仏壇にお参りをした途端、男の子が腕に掴まって離れなくなった。


 すると、急に熱が出始めて、1週間高熱にうなされた。初めて幽体離脱ゆうたいりだつというものを経験したのも、その時だ。


 熱が高くて動けないはずなのに、急に体がふわっと浮いて、天井の辺りで振り返ると、ぐったりと横たわる自分の姿が見える。そして、まるで風船が天井に当たるみたいにポンポンと跳ね返って、外へは出られなかった。


 天井にぶつかる度に明るい緑色の光が視えて、

 ———ここには結界でもあるのかな、と今にも途切れそうな意識の中で思ったのを覚えている。


 そして、なぜそれが夢ではないと思ったのかというと、天井から自分をながめていると、田舎なのでムカデがってきているのが見えた。


 噛まれたくないので、私は慌てて身体に戻り、ムカデから逃げたので、夢ではないと信じたのだ。


 ちなみに熱が高かったので、病院で何度も精密検査をされたが、原因不明だった。


 点滴や注射で、両腕が針の穴だらけになったのに、何も分からないなんて———、と余計にぐったりとしたが、男の子は楽しそうに、私の上で飛び跳ねている。


 結局、男の子に取り憑かれている間はずっと体調が悪く、そのまま呪い殺されるんじゃないか、と恐怖を感じた。




 別の時に取り憑かれた時には、霊感が異常に強くなった。


 私は常に人ならざるものが視える訳ではないのに、取り憑かれた途端にはっきりと視えるようになり、向こうからも、私がよく視えるようになったのが分かった。


 周りにいる人ならざるもの達が、やたらと私に興味を持ち、寄ってくるようになったからだ。


 知らない女の人がフラフラと歩きながら、ずっと付いてくる。


 突然ちぎれた腕だけが現れて、足を掴まれ、離れない。


 いつもは霊体の顔は視えないのにしっかりと視えていて、机の前に立った男性が、うとましそうな目でじっと私を見つめてくる。

 

 授業中は逃げる事もできないので、冷や汗をかきながら、ひたすら耐えるしかなかった。


 たとえ何もして来なくても、恐ろしいものが目に入るのは苦痛でしかない。


 私はテレビで見るような、血だらけの霊は視たことはないが、部分的に崩れていたり、無いものはよく視る。


 普段は霊体の顔がよく視えないので、それ程恐ろしくはないが、男の子に取り憑かれて霊感が強くなると、生きている人間と変わりない姿が崩れたり、部分的に無くなったりする事になる。


 それが身体の方ならまだいいが、ずっと付きまとってきていたのは、

 

 片側の顔が倍くらいに膨れていて、そちら側の目は外側を向いている女性と、


 目の前でじっと見つめてくるのは、目以外がほとんど崩れてしまっている男性だ。


 それは決して気持ちのいいものでは無く、怪異を見慣れていない人達がその光景を視たら、きっと正気を失ってしまう事だろう。


 多少慣れている私でも、思わず目をつむりたくなる。


 取り憑かれている最中は、逃げ惑う私が面白いのか、常に男の子の笑い声が聞こえていた———。

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