コックリさん 3

 ——まずい、気付かれた! 


 私は扉の陰に、さっと隠れた。


 心臓が、自分にも聞こえるくらい、大きな音を鳴らしている。


 背中には一気に汗が滲み、冷たくなっていく。


 呼吸をすると居場所がバレてしまうような気がして、左手で口を覆った。


 そのままゆっくりと隣の教室の前まで移動して、しばらくの間じっとしていると、幸い、何かが近付いてくる気配はしなかった。


 何もしていないのに、巻き添えになるのは御免だ。



 それから少し落ち着いてきた頃、なんとなく思った。


 ——もしかすると悪いものは、人の悪意に反応するのかも知れない。


 コックリさんをやっている女生徒たちが、取り憑かれたらいいのに。なんて思ったから、あの男性がこちらへ来そうになったのだろうか。


 しかし、女生徒たちが目に見えないものを呼ぼうとしなければ、集まらなかったはずなので、彼女たちがもし何かに取り憑かれたとしても、それは仕方がないような気がする。


 自己責任というやつだ。


 そして、コックリさんとは狐などの霊だと聞いていたが、机の周辺には動物の霊らしきものは見当たらなかった。


 コックリさんをやっている4人は、紙の上のコインが動いたと言っているが、机の上には何の気配も感じないし、何もいなかったのだ。おそらく4人の内の誰かが、コインを動かしていただけだと思う。降霊というよりは、ただ学校の中にいるもの達が集まっていただけなのだろう。


 私は、ふぅっ、と大きなため息をついた——。


 さっき、女生徒に取り憑いている男性に気付かれたので、余計に教室に入れなくなってしまった。ただ自分の荷物を取りに行きたいだけなのに、なんでこんなことに——。途方に暮れて、廊下の窓から外を眺める。


 するとしばらくして、同じ委員会の女生徒が図書室から戻ってきた。


「何してんの? そんな所に座って」


 そう訊かれたので、コックリさんをやっていることは言わずに、


「女子が内緒話をしてるから、入りづらいんだよね……」


 と教室を見ながら、弱々しく答えた。


 霊感の強そうな人なら正直に話していたが、彼女は全くなさそうだったので、下手なことは言わない方がいいと思ったのだ。知って、気にしてしまうと、取り憑かれることもある。


「あぁ、そういう事。じゃあ、一緒に取って来てあげるよ」


 彼女はとても親切な人だったようで、颯爽と教室へ入って行った。



 そして数分後、教室から出てきた彼女は呆れた顔で、


「ねぇ、聞いて。あの人達コックリさんやってたよ。小学生じゃあるまいし」


 と笑いながら、私の荷物を手渡してくれた。


 彼女は何かに取り憑かれている様子もなく、明るい雰囲気だ。


 全く霊感のない人は、心霊的なことを信じていない人も多い。認識していないので、取り憑かれにくいような気がする。それはとても羨ましいし、良いことだと思う。


 下手に興味を持って近付いてしまった為に、取り憑かれて別人のようになってしまった人も知っている。やはり人ならざるもの達は、関わってはいけない存在なのだ。

 

 私は、教室の中に集まっているもの達から気をらす為に、彼女と好きな漫画の話をしながら、学校を後にした——。


 +


 次の日学校へ行くと、コックリさんをやっていた女生徒の内の1人が、原因不明の体調不良で学校を休んでいた。


 それは、後ろに大きな男性が立っていた女生徒だ。


 先生はただ、体調不良と言っただけだったが、結局彼女は次の週になるまで、学校へはこなかった。


 学校を休んだ原因が、後ろに立っていた男性かどうかは分からないが、私は、偶然ではない気がした——。


 +


 その1週間後、やっと復帰した女生徒は、以前とは全く違う印象になっていた。

 

 目はくぼんで影ができ、頬もすっかり痩せこけている。


 以前は大人しそうに見えていた顔も、肉が減ったからなのか、目がぎょろりとしていて、圧迫感がある。


 前はいつも1つに束ねていた髪は、くしも通していないのか、随分と乱れていた。


 ただ体調が悪かっただけ、とは思えない変貌ぶりだ。たった1週間で、人相まで変わることなんてあるのだろうか?


 そして彼女の周りが、あの日、後ろに立っていた男性と同じような、黒みがかった泥のような色に視えるのは、気のせいだろうか。


 どちらにしろ関わりたくないので、私は彼女から目を逸らした。




 するとその時、大人の男性の低い声で、


「おい」と呼び止められた気がしたが——私は聞こえないふりをした。


 人ならざるものには、反応しないことにしているからだ。




 私は、別人のような姿で学校に現れた彼女を見て、改めて思った。


 素人が遊び半分で降霊なんて、絶対にやってはいけないのだと——。



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