コックリさん 2

  悪意を持っているものがいると、無数の細い針をじわりと全身に当てられたように、ジリジリと痛みを感じる。


 大きなモスキート音のような耳鳴りもして、頭が痛くなり、酷い時は吐き気もして動けなくなる。


 嫌な気配がしているものの1つは、なんとなく、さっきぶつかってきた奴かな。と思った。ぶつかってきた方向からすると、この教室へ向かっていたと思う。


 4人の女生徒がどのくらいの時間、コックリさんをやっているのかは知らないが、随分とたくさん集まっているような感じがした。委員会が1時間半くらいあったので、もしかするとその間、ずっとコックリさんをやっていたのかも知れない。


 私は教室の中を見まわしながら、ため息をついた。


 霊感がない人達が降霊術こうれいじゅつなんかやったって、どうせ何も視えやしないのに、何が楽しいのだろう。そもそも彼女たちは、本当に霊がいると信じているのだろうか。


 何も視えない、感じない人が、なぜ人ならざるものの存在を信じる事ができるのかも、私には理解ができない。


 ただ、すぐそばには見えない何かがいる——。


 4人がいる机の下に目をやると、深い緑色に視えるドロドロとした塊のようなものがあった。まるで、カタツムリがゆっくりとうように動いている。


 生き物と比較して同じ形のものは思い浮かばないが、何かを潰して、また寄せ集めたようなデコボコした塊だ。そしてその中に、一瞬手が視えた気がした。もしかすると、元は人間の形をしていたのかも知れない。


 今は崩れて、いびつな形になった身体のどこかを、少しずつ動かしながら進む。


 その不気味な見た目に、思わず眉間に力が入った。形が定まっていないものは、あまり良くないものが多いことも、私は知っている——。


 もし取り憑かれてしまったら、どんな災いが降りかかるのだろうか……考えたくもない。


 コックリさんをしている内の1人の足は、そのドロドロとした塊の中に入っていた。少し心配でもあったし、それでも彼女が気付いていないことに驚いた。


 あの塊に足を突っ込んでいる女生徒は、全く霊感がない人なのだろう。私だったら気持ち悪くて耐えられないし、下手をしたらもう取り憑かれていると思う。


 知らぬが仏、という言葉はこういう時に使うのかも知れない。


 

 そしてもう1つ、嫌な気配を感じた。


 髪を1つに結んでいる女生徒の後ろには、大きな男性が立って、女生徒を見下ろしている。顔がはっきりと視えなくても、粘着質な視線を感じた。


 男性は黒みがかった泥のような色をしていて、その色は女生徒の顔や肩に絡み付いている。

 

 見方によっては、男性が後ろから女生徒の肩を抱いているようにも視えて、これは当分離れそうにないな、と思った。随分と気に入られているようだ——。


 もしあれが先程ぶつかってきた奴だったとしたら、ちょっと面倒なことになりそうだな……とも思った。


 私は気配の強いものには、近付きたくない。


 もちろん、幸運をもたらしてくれる神様のようなものなら大歓迎だが、嫌な気配がするものは、取り憑かれると災いが降りかかる。


 もうすでに取り憑かれているらしいあの女生徒には、どんな事が起こるのだろう。そう考えるとなんだか背筋が寒くなった。



 嫌な威圧感を出している気配はその2つくらいだが、教室の中には他にも色々と気配を感じる。


 いつもは、学校の職員室の前にある階段には、薄いベージュのワンピースを着た女性がいた。


 掃除道具入れの所には、紺色のスーツを着た男性が立っているのをよく見かける。


 しかし、さっき教室に戻る途中には、どちらもいなかった。


 ——もしかすると全部、ここに来ているのかも知れないな、と思った。


 そして、悪意のあるものもいるが、ほとんどはただいるだけで、何か悪さをする訳ではなさそうだ。


 ただ、たくさん集まるとその所為で体調を崩す人もいる。私もその1人だ。だから、関わりたくないのだ。


 それでも、コックリさんをやっている女生徒達からは、時折、笑い声も聞こえてくる。


「えー、〇〇君は私のこと好きなんだって」

「私もそうだと思ってたよ!」

「良かったね!」

「ねぇ、次は何にする?」

「次は〇〇君にしようよ」


 自分たちの周りに、人ならざるもの達がいることを知らない女生徒たちは楽しそうだ。

 

 私はそんな彼女たちを見ていると、段々と胸の奥の方がジリジリとして来て、腹立たしさを覚えた。


 遊び半分でやっているコックリさんで、被害を受けるのは——私。


 ——誰かが取り憑かれるなら、こいつらが取り憑かれたらいいのに。


 そう思った瞬間、急にビリッと強い視線を感じた。とても嫌な気配だ。


 それと同時に激しい耳鳴りがし始めて、周りの音が聞こえなくなった。頭は割れるように痛む。頭を上から何かに突き刺されたような痛みに、吐き気がする。


 私は倒れないように、扉に手をついた。


 すると、ふと、女生徒の後ろに立っている大きな男性に目が行った。


 なぜか男性は、私の方を向いている——。


 そして、女生徒に絡みついていた、黒みがかった泥のような色をしたもやが、


 ふわり、と動いた。

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