第12話 古の旅人(不思議)前編

 中学生の頃のことだった。


 学校から帰ると、ちょうど祖父が外へ出ようとしている所へ出会した。


 祖父は私の顔を見るなり、「お前、暇か」と言う。


 ——暇も何も、今学校から帰って来たんだけどな。とは思ったが、


「うん、まぁ暇と言えば暇だけど」


 と、素っ気なく返した。すると、


「向こうの山の荒神様こうじんさまに行くから、お前も一緒に来い」


 そう言って祖父は手招きをした。一応、暇かと訊かれたが、おそらく一緒に行くことは、もう決まっていたのだろう。私も半強制的に、連れて行かれることになった。




 祖父が、向こう山の荒神様にお参りに行っているのは、幼い頃から知っていた。


 私の実家では、家を継いだ者が、必ずやらなければいけない行事があるのだ——。


『家を継いだ者は、山の奥にある荒神様を守り、定期的にお参りに行かなくてはならない』


 荒神様とは火に関連する『荒ぶる神様』で、地域を守る神様として祀られているらしい。しかし、私の地元では不吉なことが続くと、その場所や物を荒神様として祀り、代々守っている。


 全国的には『コウジンサマ』と呼ぶのだと思うが、私の地元ではなまって『コウジンサー』と呼んでいる。それは、私にとっては当たり前のことだが、学校で話をした時、友人達には伝わらなくて焦ってしまった。


 それに、友人達の家には神を祀ったり、家を継ぐ者が守る役目をになうというしきたりは無いらしい。ということに衝撃を受けた。


 どうやら私の家は少し特殊なようだ。


 実家の周辺には、荒神様として祀られている場所がいくつかあるが、その内の1つは、人けが無い山の奥にある。


 辿り着くには、今はもう誰も使っていない道を通るが、そこは草や木に覆われていて、道を知っている人間しか辿り着けないような場所だ。その為、家を継ぐものが役目として行くことになっている。


 しかし、親でさえまだやっていないのに何故、中学生の私が行かなければならないのか。何となく納得できずにモヤモヤとした。それでも、行けない言い訳が思いつかなかったので、もう行くしかない。私は仕方なく、祖父の後をついて行った。


 思春期真っ只中なのに、私は偉いと思う。


 そして祖父は私が幼い頃から、こうやって当たり前のように、家の歴史やしきたりなどを刷り込んで行っている。


 それに気付くのは、もう少し先の話だ——。




 私は祖父と一緒に、田んぼの畦道あぜみちを20分くらいかけて歩いた。


 畦道は土が柔らかく、泥濘ぬかるんでいる場所もある。


 踏み外せば左は水が張ってある田んぼ、右は3メートル下に小川が流れている。


 絶対にどちらにも落ちたくないので、バランスをとりながら歩く。


 祖父は歩き慣れているのでスタスタと軽快に歩くが、私はたまによろけたり、横に落ちそうになったりしながら、必死について行った。


 もう少しゆっくり歩いて、と言えばよかったのかも知れないが、なんとなく、それは言いたくなかった。




 それから、たった20分歩いただけなのに汗をかいて、やっとの思いで荒神様がある山に辿り着いた。


 獣道のような入口に立つと、入る前からザワザワと、何かの気配がする。


 山の中は晴れた日でも薄暗くて周りはよく見えないが、何かの視線を感じる。


 荒神様が祀られている場所は、実家から小さな山を1つ超えた場所で、周りには古い家が5軒ほどあるが、過疎化かそかが進んで今はもう誰も住んでいない。


 集落には手入れをする人が誰もいないので、子供ならすっぽり隠れてしまいそうな程草が伸びている。至る所に若木が生えていて、いずれ草木が家も飲み込んで、ここは山の一部になるのだと思う。


 今の時点でも、都会に住んでいる人にはどこが集落で、どこからが山なのかも分からないだろう。


 そして、ど田舎の山の中なので、狐や狸、猪や熊も当たり前のように現れる。朝起きたら家のすぐそばにある柿の木に、熊の大きな爪痕がついていたこともあった。


 これがもし街中だったら、テレビのニュースで流れるのかも知れないが、この辺りの地域では誰も驚かない。狐や狸くらいならもう、見向きもしないのだ。


 そんな場所なので、もしかしたら動物達の視線なのかもしれない。


 しかし私には、人が大勢いるような、ざわめきに思えた——。


 そして動物ではなく、人間の目で見られているような感じがする。


 周りにいる人達が、私の噂話でもしているようだ。

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