第11話 奇妙な焼肉店(ホラー)前編

 私がアルバイトをする先は、何故かいわく付きの場所が多かった。


 呼ばれているのか、私が近寄ってしまうのか、どちらなのかは分からない。心霊的なことには関わりたくない、という私の思いとは裏腹に、なぜか、普通の目では見えない住人がたくさんいる場所ばかりなのだ。


 その中でも、友人の紹介で入った焼肉屋は、本当に奇妙な店だった。




 面接に行ったのは夕方で、16時過ぎ頃だ。


 店に入った時に、早速入り口に何かが立っている。という異変には気付いたが、特に嫌な感じはしなかったので、


 ——まぁいいか。と思った。


 それでも普段なら、おそらくそこで働こうなんて思わなかっただろう。それでも選んだ理由は、平均よりも『時給が高かったから』だ。


 はっきり言うと、金に目がくらんで、都合の悪い事は見なかったことにしたのだ。


 そんなことをする奴は、大体痛い目を見ることになる。分かってはいても、ほとんどの人は同じようなものだろう。


 そして、霊感が強くて、いつもはっきりと視ることができる人なら分かるのかも知れないが、私は視えることがある。程度なので、いつも後になって後悔する。


 ——なんで、面接に来た時に気付かなかったんだろう……。


 後悔して頭を抱えるが、もう遅い。


 私が働き出した焼肉屋は、テーブル席と座敷席が合わせて30席程で、宴会ができる大座敷が2部屋あり、この地域では割と大きな店だった。


 そこは夜になると、雰囲気が一変する。


 面接に行ったのはまだ明るい時間だったので、その時点では私は何も気付いていなかった。


 19時から21時の、客が多い時間帯を過ぎると、普通は静かになるはずなのに、何故か店の中がざわつき始める。


 その原因は、店の真ん中辺りにある座敷席から奥で、まるで別の世界と混ざってしまったような、異様な空間が広がっていた。


 まだ客がいる時間帯にも関わらず、ボソボソと話し声が聞こえ始める。


 それは、霊感がない人達でも聞こえるようで、遅い時間に1人で座敷席の掃除をするのは皆が嫌がった。


 霊感がない人達は、人ならざるものの気配を感じないので、普通は怖がらない。それでも、怯えて座敷席から飛び出してくるのだから、相当気配の強いもの達だ。


 話し声はいつも、個室になっている座敷席の足元から聞こえてくる。


 1番声がはっきりと聞こえるのは、小上がりの手前にある部屋だ。


 ただ、部屋の中には何もいない。


 地面の中に部屋があって、その中で、女性たちが大きな声で盛り上がっているような感じだ。


 そして、その部屋の入り口が、小上がりの1番手前にある部屋の、足元にある。


 部屋の中を見まわしても何もいないし、ただ話し声が聞こえるだけなので、私はあまり気にしていなかったが、怖がる人が多かった。


 他の人達には、どこに何がいるかなんて分からないので、話し声が聞こえたら、もちろん部屋の中に幽霊がいると思うだろう。だから怖がるのも無理はないかな、とは思った。


 誰かが半泣きになって怯えているのを見ると可哀想だとは思うが、私が人ならざるものが視えていることを、知られるわけにはいかない。それにもし私が、


「部屋の中には何もいないけど、その部屋の下にはがたくさん集まってるよ」


 と真実を伝えてしまうと、余計に恐怖をあおるような気もする。


 だからどちらにしろ、言わない方がいいと思う。


 私は何も知らないし、何も視えていないことにするのが1番良い。


 そして従業員たちは、掃除中に声が聞こえると、


「ムリ、もうムリ……」


 と小さな声でつぶやきながら、座敷席から飛び出してきた。


 そんな恐ろしい思いをしても、やはり、皆も時給が高い店で働きたいのだろう。そうでなかったら普通は辞めると思うが、意外と辞める人は少なかった。


 人間は、お金が絡むと強くなるようだ。


   ⚪︎

   

 焼肉屋には、キッズルームがあった。


 そこには、小さな子供が遊ぶようなおもちゃが、たくさん置いてある。


 ぬいぐるみや、ブロック、絵本があったが、夜に片付けて帰っても、次の日に出勤すると、だいたい何個かのおもちゃが箱の外に飛び出していた。


 私にはうっすらとしか視えなかったので、その正体は分からない。


 しかし部屋の中には、何か小さなものがいた。うっすらと黄緑色に発光したものが、おもちゃの周りをちょこまかと動き回る。


 夜に誰もいなくなって、おもちゃを箱から出すくらいなら別に問題ないが、そのは活発だった。まだ客がいる営業中に、音の出るおもちゃを鳴らしたりするので、その度に幽霊が出たと騒ぎになる。


 驚いた男性客が、箸と皿を持ったままうろうろしていたのが、未だに忘れられない。



 2.3歳くらいの小さな子供は、怪異が視える子も多い。


 キッズルームでは、幼い子供が誰かと会話をしているのを、よく見かけた。


 たまにその様子を、目を見開いてじっと見ているお客さんがいて、


 ——あぁ、あの人は視えるのか。と思っていた。


 ただ子供を見ているのではなく、目の前で爆発でも起こったかのように、目をまん丸くして、口も少し開いているのですぐに分かる。


 そして、その後は食事をしながら心配そうに、たまに子供を確認する。


 悲鳴を上げた人はいないので、キッズルームにいるは、そんなに恐ろしい姿はしていないのだろう。大きさは私が視た限りでは、大人の拳くらいの大きさだ。


 人間の霊というよりは、精霊のようなものなのかも知れない。


  ⚪︎


 店のトイレのドアを開けると、女性が立っている。


 もちろん、もう亡くなっている人だ。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る