第9話 神ではないもの(ホラー)前編

 私の実家は200年以上続く古い家だ。


 建物自体は建て替えられているが、周辺の土地は当時とたいして変わっていないらしい。


 見渡す限り山と田んぼで、家の横を流れる川には私有地だと知らない人が、思わず持ち帰ってしまうような、珍しい草花も生えている。


 土地に人の手が入っていないので、絶滅危惧種の蝶が当たり前のように飛んでいたりもするが、地域の人は誰も気にも留めない。どこにでもいるのでもう見飽きているし、そもそも珍しいものだと知らないのだ。


 都会に住んでいる人達からすれば、昭和初期を舞台にしたファンタジー作品の世界に迷い込んだのか、と思われるような田舎町だ。


 そして、少し変わった風習も受け継がれている。


 家の周りには紙垂しでが置いてある場所がいくつもあり、暗がりでヒラヒラと揺れる白い紙が、子供の頃は不気味に感じていた。


 紙垂とは、神社に行った時などに見かける、白い紙をジグザグに切ってあるもののことだ。しめ縄や、玉串に付けられているのを見た事があると思う。


 紙垂は、どちらかというと神聖な場所に置いてあることが多い気がするが、私が住んでいる地域では少し違っていて、それは不吉な場所へ置くものだった。子供たちは皆、紙垂が置いてある場所へは絶対に近寄ってはいけない。と厳しくしつけられている。


 何故ならば、紙垂が置いてある場所は、荒神様こうじんさまという神様を祀ってある場所だからだ。


 荒神様は一般的には『コウジンサマ』と呼ばれるが、私の実家がある地域ではなまって『コウジンサー』と呼ばれている。


 ただ、隣町の人にさえ、コウジンサーと言うと伝わらない。私の住んでいる地域はやはり少し特殊なんだな、と思う。


 荒神様は火に関連する荒々しい神様らしいが、私の実家周辺では、火に限らず不吉なことがあった時に、その物や場所を荒神様として祀る風習があった。


 家に1番近い荒神様は、家がある丘から少し坂を下った、山の入口にあり、そこには木材とトタン屋根で出来た物置小屋がある。その小屋の裏側に、みかん箱を2つ積み重ねたくらいの大きさの黒い岩が置いてあった。


 そして岩の横には、割った竹に挟まれた紙垂が飾られている。


 荒神様として祀られるくらいなので、もちろんこの岩もいわく付きのものだ。


 私の祖父が若い頃、庭の飾りにする為に何処かから持ち帰ったものだが、その頃から、家族や近くの親戚が怪我をしたり、病気になったり、亡くなったりと、立て続けに悪いことが起きたらしい。


 その為岩を家から離して、厄払いのお経を唱えてもらい、荒神様として祀ると、災いは治ったそうだ。


 ———しかし私は、岩自体が原因ではない気がする。


 祖父が岩を拾って来た時は、その岩がよくないものだとされていたようだが、災厄の元凶と思われるものは、今は別の場所にいる。




 小学校の高学年の頃、私の中で探検が流行っていた。


 いつもは幼馴染と色々な場所を探検していたが、その日は一緒に遊べなかったので、私は1人で家の周りを散歩していた。山の入り口にある物置小屋の近くには、子供が飛んで渡れるくらいの小川があり、その小川沿いには細い山道がある。


 いつもは山の奥へ行ってはいけない、と言われていたが、山道が見える位置で父が畑仕事をしていたので、私は父に、


「少しだけ探検してきてもいいか」


 と尋ねた。すると父は、


「真っ直ぐ進んだ先に、大きく曲がるところがあるから、その手前までなら行ってもいい」


 と言ってくれた。


 父や祖父とはもっと奥まで行ったことがあるが、1人で行くのは初めてだったので、少し興奮した。なんだか少し、大人になったような気がしたからだ。


 山の中は手入れが行き届いておらず、昼間でも薄暗い。全く陽の光が入らない小川沿いを歩いていると、真夏でもひんやり冷たい風が吹いてくる。


 山道は両側の山に遮断しゃだんされて車の音も、人の声も聞こえないので、自分が木の枝をむ音だけが響く。風が吹いて、高い場所の木がさわさわと揺れる音でも気になる程、静かだ。


 ど田舎の山の中なので、野生動物なんて見慣れているが、こんな薄気味の悪い場所で何かが飛び出してきたら、きっと腰を抜かすほど驚くだろう。


 そして、30分程の探検を終えて、父がいる畑の手前まで戻ってきた。


 ———立ち止まった場所は、物置小屋の入口の前だった。

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