夢遊病 鏡

 私の実家には、普通の目には見えないがたくさんいる。


 私が夢遊病で悩まされていた頃、その原因は、いつも廊下を行ったり来たりしている男性だと思っていた。彼は人ならざるものだが、実は廊下には、もう1つ視線があった。


 廊下の端には洗面台があり、鏡がある。


 その鏡はいつも廊下を映しており、夢遊病で徘徊はいかいして、廊下で寝ている時には、鏡からも視線を感じた。何かがじっと、私を見ているのだ。


 洗面台で手を洗い鏡を見ると、たまに廊下の奥に知らない人が映ることもあったので、私は極力その鏡を見ないようにしていた。


 ただ人ならざるものが映り込むだけでなく、その鏡からは何となく嫌な雰囲気が漂っていた。他の人が見ても、同じように見えているのかは分からないが、何となく映るものの色が、深い緑のフィルターが掛かっているように見える。


 鏡の奥に別の部屋があるような感じで、自分の顔が二重に視えることもあれば、自分の姿が映らないこともあった。どう考えても、普通の鏡ではない。


 そしてある日階段を上って、鏡とは反対の部屋の方へ曲がろうとした時、突然何かの気配を感じた。


 鏡側の半身がビリッとした感じがして、ろくなものじゃない気がしたが、私は意を決して振り向く。しかし、廊下には何もいない。


 ——気のせいだったのかな……。


 そう思いながら、鏡にふと目をやると——。


 映っていたのは自分ではなく、暗い顔をしたかなり年配の女性が、こちらを向いている。


 私は鏡に対して横向きに立っているのに、映っているのは正面を向いた女性だった。


 普段は、霊体の顔は分からないのに、鏡に映っているせいか、その女性の顔はしっかりと視えていて、何かを訴えかけるように、私の目をじっと見つめている。眉間には軽くしわが寄っていて、離れていても目が赤く充血しているのが分かる。

 

 目があった瞬間、全身に痛いくらいの鳥肌が立ち、心臓が大きく脈打ち始めた。呼吸も段々と苦しくなって行く。


 女性は気配がとても強く、私を見つめながら、そのまま歩いて鏡から出てきてしまいそうだと思った。もし、これ以上何かが起こるなら逃げようと、鏡とは反対側の足に重心がかかる——。


 するとその時、父が階段を上ってきて、「何してるんだ?」と不思議そうな顔で私を見た。


「えっ……」


 父は、私に霊感があることも、廊下の鏡が普通でないことも知らない。何と説明すればいいのかが分からずに、戸惑いながらもう一度鏡を見ると——。


 女性はすでに、消えてしまっていた。


 結局何もされずに済んだが、女性の何か言いたげなあの目を思い出すと恐ろしくて、余計に廊下の鏡を見ることができなくなった。




 あの女性が、私に何を伝えたかったのかは分からないが、とにかく、廊下を映すように鏡を置くのは、あまりおすすめしない。


 もしかしたらその鏡に、視えてはいけない世界が、映り込んでしまうかも知れないからだ——。

 

 

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