夢遊病 後編

 上に大きな感じがしたので、最初は父かなと思った。


 しかし、目の前に立った大きなものは、全く動かない。


 考えている内に少し頭がはっきりとしてきて、何かがおかしいなと思った。父なら、何でこんな所で寝ているんだ。と声をかけるなり、子供なので抱きかかえて、部屋に連れて行ったりするはずだ。


 眠くて頭は回っていなかったが、何故だろうと不思議に思った。私は横向きに寝転がっていたので、下になっている方の目を少しだけ開けて、様子を伺う。

 

 すると、ぼんやりと発光した感じの、人の足が見えた。それは大きくて、大人の男性の足に見える。薄い黄色の生地の服を着ていて、裸足だった。


 よく部屋の中で視る、押し入れに向かって歩いている人たちは、暗い場所にいる人がそのままうっすらと透けている感じなのに、目の前の男性はぼんやりと発光していたので、全く違うものなのだろうと思った。


 何となく気配も強い感じがする。


 金縛りにはなっていなかったが、起きているとバレたら何かされるかもしれないと思い、そのまま寝たふりをした。


 ——早くどこかに行ってくれ。


 そう願ったが、男性は私のそばから離れようとしない。


 男性は時々私の周りをぐるりと歩き、そして、また正面へ戻ってくる。という行動を何度も繰り返した。


 その間、私はずっと寝たふりを続けていたが——しばらくすると、寒さで身体がガタガタと震え出した。


 秋口に冷たい廊下に寝転がっているので、体温が奪われていく。


 私は結局寒さに耐えきれなくなり、覚悟を決めてゆっくりと目を開け、目の前に立った男性の顔を見た。


 すると、やはりそれは父ではなかった。


 私は霊体の顔が分からないはずなのに、目の前の発光している男性には1つだけ目があった。片目ではなく、中央付近の変な位置に1つだけ目がついている。


 男性は私と目が合っても、特に何をしてくることもなく、じっと私を見下ろしていた。私に何か伝えたいというよりは、ただ観察しているようだ。


 私は動いていいのか分からず、しばらくの間男性と見つめ合っている状態だったが、悪意はない感じだったので恐怖は全く感じずに、徐々にまた眠気に襲われた。


 そして、意識が遠くなって途切れる瞬間、身体がふわりと浮いたのを感じた。




 朝日が顔に当たり目が覚めると、私は隣の部屋の前にいた——。


 ふと気が付くと、夜中に目覚めた時はとても寒かったはずなのに、なぜか汗びっしょりだ。何かが温めてくれた、とでもいうのだろうか。


 廊下に座って、頭がはっきりしてから考えてみると、夜中に視た男性は、いつも廊下を行ったり来たりしている人だったような気がした。彼はたまにすりガラスの扉に両手をついて、部屋の中を覗いていたが、薄い黄色の服を着ていた気がする。


 その時は顔が分からなかったが、昨夜は目が1つだけ視えた。


 部屋から連れ出してまで、私のことをじっくりと観察したかったのだろうか。


 そして、もう1つ気付いたのは、部屋のすりガラスの扉が開いていたことだ。夢遊病が起こり始めたのは、6月の終わりの、少し暑くて寝苦しくなってきた頃からだった。


 私は早い時間に寝て、親より遅く起きていたので分からなかったが、おそらく暑いからという理由で、父か母が、扉を開けて寝ていたのだろう。廊下はいつもひんやりとしているので、扉を開けていると、夏でも涼しいのだ。


 廊下が涼しいのは家の構造だけではなく、人ならざるもの達が棲みついているせいなのだが、他の家族はそんなことには気付いていなかった。


 そうでなければ、扉を開けて寝るなんて、とんでもない話だ。


 そして、いつも廊下で徘徊していた彼は、扉が閉まっている時は部屋の中へ入ってくることはなかったが、扉が開いていたので入ってきたのかも知れない。


 その時に、私の何かが気になったのだと思う。


 自分的には全く嬉しくない話だが、私は人ならざるもの達から好かれやすい体質らしい。

 



 それから徐々に気温が下がり始め、すりガラスの扉が閉められると、私の夢遊病もおさまった——。


 

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