第8話 夢遊病(不思議)前編

 小学校の高学年だった頃、私は夢遊病むゆうびょうに悩まされていた時期があった。


 夜中に寒くなって、震えながら目覚めると、なぜか部屋の外にいた。


 寝相が悪くて布団からはみ出している、くらいなら分かるのだが、押し入れの中にいたり、家族3人を乗り越えて廊下に出ていたり、酷い時は階段の下にいたこともある。


 いくら寝相が悪いにしても、そんな離れた場所まで移動しているのはおかしい。しかも、押し入れの中で目覚めた時には、丁寧に扉も閉められていた。


 そして移動中の記憶は、一切なかった。




 私の実家は江戸時代から続く、とても古い家だ。


 建物自体は何度か建て替えられているが、土地自体はそのままらしい。


 そして今現在の家も、祖父が若い頃に建てた家なので、かなり古くなっている。


 歩くと床はギシギシと音を立て、ラップ音なんて当たり前。和風の木造住宅で窓が少なく、広い家の中には光が届かないので、昼間でも部屋の中は真っ暗だ。


 家の周りは山や谷に囲まれていて、夜になると周辺はざわつき出し、姿の見えないが家の中を徘徊はいかいしだす。


「女の幽霊が出た」

「誰もいない部屋から声が聞こえた」

「何かいる気配がする」

 

 私は幽霊が出たと騒ぐ人たちを見かけると、いるだけなんだからいいじゃないか。と少し冷めた目で見てしまう。


 霊感がない人たちにとっては、別にぶつかったり殴られたりするわけではないし、声も聞こえないのだから悪態あくたいをつかれても分からない。


 害が無いなら、空気と一緒だ。


 私が卑屈ひくつな感情を抱いてしまうのには、色々と理由わけがある。


 実家の一日中陽が当たらない急階段には、厄介な奴がいた。


 私は霊体だと顔は分からない筈なのに、何故か階段に突然目が現れて驚いたり、足を掴まれて引っ張られたりして、何度階段から落ちたか分からない。


 悪戯いたずらをされるのは大体私と、おそらく霊感があるであろう母だった。母は、この家の血筋の人間だ。


 急な階段なら、つまずいただけじゃないの? と思う人もいるかもしれないが、足には赤い手形や、引っ掻いた跡が残っていてヒリヒリと痛む。気のせいには出来ない状態だ。


 それでいて、殺気は感じたことがないので腹が立つ。


 ただ、自分のことが視えそうな人間が来たから、脅かしてやろう。くらいのものだと思う。反応してしまったら、こちらの負けだ。


 母は何事もなかったかのようにその場をやり過ごし、後で物にあたっていたが、私は何度かその場で泣いてしまったことがある。


 そして、家にはいわく付きの人形が何体もあったり、


 家を呪いたいご先祖様がいたり、


 悪意はないけど取り憑かれると、災いが降りかかる子供がいたり、


 寝ている時に見えないに腹を、切り裂かれそうになったりするような家だ。


 とてもじゃないが、普通とは言えない。


 幸い私には、とても力の強い守護霊か何かが憑いてくれていたので、そのおかげで、今も元気に過ごせている。守ってくれている何かの力が強くなければ、子供の頃にとっくに死んでいただろう。


 そんな家で生まれ育ったので、自分が夜中に寝ながら徘徊していても、別におかしくはないのかな。とも思った。


 ただ、こんな家に生まれたのだから仕方ない、と諦めてはいても、怖いものはやっぱり嫌なので、夜は何も視ないように、早く寝るのが日課になっていた。


 人ならざるもの達は昼間も当然いるが、夜になるとよく視えるようになるし、音や匂いも強くなる。


 気付いてしまったのがバレると寄ってくるので、夜中に何かの気配を感じても、寝たふりをしてやり過ごした。


 私は、週末だけでも物の怪だらけの家から逃げたくて、仲の良い友人の家や、親戚の家に泊まりに行ったりもしていた。すると、その時は夜中に徘徊することはなく、毎回布団の中で目覚めることができた。


 実家の寝室で寝る時だけ、夢遊病の症状が出ていたのだ。


 そして、夢遊病が1番酷かった頃、毛布一枚では寒くなってきた秋口のことだった。やっと、この不可解な病気の原因が判明する——。




 その日も夜中にとても寒くなり、身体がぶるりと震えて目が覚めた。


 部屋の中は豆電球がついているはずなのに、薄目を開けると、なぜか真っ暗だ。それに布団ではなく、冷たい床に寝転がっているのが分かった。


 ——また、寝ている間に廊下に出てしまったのかな。


 そう思った。


 とても眠かったのでそのまま廊下で寝るか、頑張って布団に戻るか葛藤かっとうしたが、眠過ぎて身体も動きそうにない。


 私は結局布団に戻るのを諦めて、その場で目を閉じた。


 するとその時、顔にふわっと生暖かい風が当たり、何かの気配を感じた。


 明らかに、目の前に何かが立っているのが分かる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る