小学校の七不思議Ⅰ 後編

 そして、1番目の『トイレの花子さん』を飛ばしたが、私は花子さんを視たことはない。


 その代わり、トイレには別の住人がいた。


 小学校の1階にあるトイレは窓がなく、一日中陽が当たらない場所だ。そのせいか、いつもひんやりと冷たい感じがして、嫌なものが溜まった感じがする。


 それにずっと、がしてうるさかったので、私は他の階のトイレに行っていた。




 ある日体調が悪く、1階にある保健室で寝ていた私は、トイレに行きたくなった。しかし、階段を登って上の階のトイレまで行く元気はなかったので、仕方なく、1階のトイレに行くことにした。


 トイレの中に入ると、ストローの中に息を吹きかけたような音は、ますます大きくなり、元々頭痛がしていたので、その音を聞くと、もっと酷くなった。


 頭の真ん中辺りが締め付けられて、耳鳴りがする。


 頭痛が酷過ぎて、吐き気までしてきた。


 ——早く出ないと、倒れるかも知れない……。と思う程だ。


 そして、用を足し振り向くと、先程は開いていたはずの個室の扉が閉まっているのが目に入った。


 他の生徒は授業中で、人が入ってきた気配もしなかったのに何故だろう、と不思議に思いながら、扉を見つめた。


 すると、よく見てみると、扉は完全には閉まっていない。


 少しだけ開いている。


 ——あぁ、少し開いているから、扉が閉まる音がしなかったのか。


 と考えていると、扉はゆっくりと開いて、中から人が出てきた。


 うつむいて元気がない感じの、大人の男性だ。


 髪は長めでボサボサになっている。


 上下の服はグレーで、シワだらけになっていて、寝起きのようにも見える。


 学校の先生達は皆、身だしなみを整えた人たちなので、なぜ寝起きのような人がトイレにいるのか、その理由が分からない。私がじっと見ていると、男性はふらふらと歩いて、1番奥の壁際まで行き——くるりと振り返った。


 ——あぁ、そういうことか。


 男性の顔を見た時、私はやっと理解した。


 その大人の男性は、顔が白っぽくぼやけている。


 私は、人ならざるものが視えてしまったとしても、顔が分からないので、こちらを向いた時に、生きている人ではないと分かった。


 男性はただ立ち尽くしているだけで、害はなさそうだ。それでも、壁際に立ってこちらを向かれていると、やはり怖い。それになんだか、吸い寄せられそうな感じがする。


 私は背中を向けるのが怖くて、その男性から目を離さずに、ゆっくりと後退りをしてトイレを出たが、俯いた男性は全く動く気配はなかった。本当にただそこにいるだけなのだと思う。




 後日、仲の良い友人には1階のトイレには行かない方がいいと伝えたが、霊がいるなんてことは言えないので、


「1階のトイレは、ストローの中に息を吹いたような音がずっと聞こえるから、うるさいよ。他のトイレに行った方がいいよ」


 と言った。しかし友人は、


「何回も行ったことあるけど、別によ」


 と首をかしげて、不思議そうな表情をしている。


 ——え? 


 と思ったが、余計なことは言わない方がいいので、


「そうなんだ。なんか壊れてたのかな?」


 と返しておいた。


 その後、数人に音のことを訊いてみたが、結局他の人たちには、あの音は聞こえていなかった。


 あの音は一体、なんの音なのだろう。


 ただ、他の人達に音が聞こえないのであれば、原因はおそらく、あの元気のないトイレの住人だろう。




 私の小学校のトイレには、花子さんではなく、暗く俯いた男性がいる——。



 小学校の七不思議の6番目『プールで足を引っ張る手』は、また別の話で書く。



 

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