霊道 後編

 そんな部屋で寝ていると、夜中にたくさんの人がゾロゾロと歩いている夢をよく見た。


 私が寝転がっているそばを、知らない人たちが通り過ぎていく。


 歩いている人達は、私が寝転がっていても、気にする様子はない。


 ただ同じ方向に向かって、歩いて行く。




 ある夜、また人がゾロゾロと歩く夢を見ている時に、ふと思った。

 

——この夢、よく見るなー……。


 何か違和感を覚えたが、そのままボーっと、歩く人達をながめていた。眠いので頭が全く働いていない。


 するとその時、またバンッと大きな音が聞こえたが、それは夢の中の音ではなく、頭を叩かれた時のような衝撃を受けた感じがした。


 驚いて、急に目が覚めたようだったが、私はまだ夢の中にいる。そして、


 ——これは夢だから、早く起きなきゃ。


 と思った。


 ただ、夢だと気付いても、どうやって起きればいいのか分からない。とりあえず夢の中で起き上がろうとしても、身体が床に貼り付いたように重くて動けなかった。


 しばらくもがいていると顔だけが動かせるようになり、歩いていく人達の行く先が見えた。


 先は暗いトンネルのようになっていて、たまに引き返そうとする人がいたが、暗闇の方に風が吹いて、吸い込まれて行く。


 ——あの暗いトンネルの先には、何があるのだろう……?


 そう考えていると、このままでは自分も吸い込まれてしまうのではないかと不安になった。


 ——早く起きないと! 


 大きな声を出して、全身に思い切り力を入れると、やっと目を覚ます事ができた。


 そして、布団から起き上がると、何故か夢の中と同じように、知らない人達が私の周りを歩いている。訳が分からずに怖くなり、急いで隣で寝ていた妹の、足元の方へ移動した。


 歩く人達は、夢の中と比べるとうっすらとしていたが、同じように歩いて、押し入れの中に消えて行く。夢の中では暗いトンネルになっていたが、現実ではそこは押し入れで、扉は閉まっている。


 結局その日は眠れずに、妹の足元に座ったまま朝まで過ごした。


 それからというもの、自分にしか聞こえない音、自分にしか視えない、顔の分からない人達。それに付け加えて、明晰夢めいせきむを見るようになった。


 明晰夢とは、寝ていて夢を見ている時、自分で夢だと理解している状態で見ている夢のことだ。私が明晰夢を見る時は8割方イヤな夢で、目覚めると大体、現実とリンクしていた。


 夢の中で、着物を着たお婆さんに追いかけられて、足首を掴まれて引っ張られ、何とか目覚めた時には、足首に赤い手形があり、まだ足元には何かがいた。


 鬼のような形をしたものに首を絞められて、起きる為に自分の手を噛んだら、手には咬み傷が。首は赤くなって、引っ掻いたような跡があった。


 嫌な夢から起きられる。と分かった時は良い事だと思ったが、夢から目覚めることが出来なかったら、どうなるのだろう? と考えると怖くなった。


 明晰夢の中でも1番多いのは、やはり寝転がった自分の周りをたくさんの人が歩いている夢だ。夢を見る度に、自分で夢だと分かるので起きていたが、目を覚ますとやっぱりうっすらとした人達が、自分の周りを歩いていた。

 

 誰だって、そんな場所で寝たくない。


 何度もその夢を見る内に耐えられなくなった私は、母に相談した。


「夜寝ている時に、周りを知らない人達が歩いていく」


 理由は分からなくても、寝る場所を変えて欲しかったのだ。


 すると母が、


「あそこは霊道だから」と、事もなげに言った。


「えっ……?」


 『霊道』という、普段聞きなれない怖そうな言葉が出てきて、私は固まってしまった。

 

「霊道って、何?」恐る恐る訊くと、


「だから、死んだ人達が歩く道があるからよ。みんな、あんたが寝ている場所を通って、押し入れを抜けていく」


 母は遠くを見ながら言った。


 母はとてもヒステリックな人で、私が幼い頃の母の記憶は、怒鳴っているか、手を振り上げているかのどちらかだ。そんな母が、どこを見ているか分からないような目で、淡々と話す顔に恐怖を感じる。


 母は、私の知らない何かを知っているようだったが、それ以上は教えてくれなかった。


 ただ呆然と立ち尽くす私を、横目でチラリと見て、


「この話は、誰にも言ってはいけないの」


 とだけ言った。


 そして、なぜ霊道があると分かっていながら、そんな場所に寝かされていたのかは、今でも理解できない。



 

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