第5話 霊道(ホラー)前編

 私は、自分の家が大嫌いだ。


 友人達の心霊スポット巡りに付き合わされたこともあるが、どこの心霊スポットよりも、たくさん何かがいて、嫌な気配のする家だ。


 子供の頃は今よりも、人ならざるもの達がよく視えていたので、学校から帰るのが憂鬱ゆううつたまらなかった。


 学校の中にも得体の知れないものがたくさんいたが、それでも私の家よりは全然マシだ。


 本当なら親に相談したい所だが、私の母は、普通のお母さん達とは少し違っていて、それができなかった。


「天井から、女の人がのぞいてるよ」


 私が言うと、まるでゴキブリでも見るかのような冷たい目で、見下ろしてくる。またある時は、


「お父さんより大きな猿みたいなのが、川の中を歩いてるよ」


 私が川を指差すと、川を見て、チッ! と舌打ちをする。そして、


「そんなもの、どこにでもいる!」


 と怒鳴りつけるような母だった。


 幼心に、そんな訳ないだろ。と思ったのを覚えている。


 私の家の周辺は、人ならざるものが集まりやすい。


 それに、普通の子供はそんなものは視えないのだ。


「大丈夫、怖くないよ」とか、優しい言葉をかけてくれるような人だったら、相談することもできたかも知れない。




 学校から帰って家の前に立つと、すでに嫌な気配を感じる。


 母家の隣には、2階建ての建物があり、そこには寝室がある。その2階の窓は、いつも障子しょうじが閉めてある状態だったが、それでも部屋の中から、何かがこちらを見ているのが分かった。


 もちろん、そんな部屋には近付きたくもないが、何かがいるのは分かっていても、幼い頃はその部屋で、家族4人で川の字になって寝ていた。


 和室なので畳が敷いてあって、私の寝る場所は、部屋の1番奥だ。それは母に決められた場所で、押し入れの前だった。


 押し入れの中は、目で見たよりもずっと暗く深い感じがして、本当は嫌だったが、母に布団を敷かれてしまうので、仕方なくそこで寝ていた。


 私は、夜中になると必ず目が覚めてしまう。


 枝を折ったような、バキッという音。


 何かが爆発したような、バンッという大きな音が何度も聞こえる。


 たとえ、ぐっすりと熟睡していたとしても、そんな大きな音がしたら、目が覚めるに決まっている。


 しかし、どんなに大きな音がしても、私以外の家族は、誰も起きることはなかった。おそらく聞こえていないのだと思う。幼い頃は、家族には音が聞こえていないことが不思議だった。


 そして部屋の前の廊下は、夜中になるといつも何かが歩いている。


 部屋の扉はすりガラスになっていて、その前を、ギシッ ギシッ と音を立てて、ゆっくりと行ったり来たりする。

 

 そしてたまに、すりガラスに両手をついて、部屋の中をのぞいてきた。


 すりガラスの向こう側は見えづらいが、ガラスに顔をピッタリとくっつければ、反対側からは顔が見える。


 しかし、その毎日廊下を行ったり来たりする何かは、顔がよく見えない。


 私にとっては、顔が分からないということは、生きている人間ではないという事なので、誰かに相談することもできなかった。言ったところで、私の頭がおかしいと思われるだけだ。


 なぜいつも廊下にいるのかは分からないが、格好からすると、背の高い大人の男性だということは分かった。


 すりガラスに両手をつくと、ガシャっとガラスが擦れる音がするが、その音も、他の家族は気付いていないようだ。


 父なんて、すりガラスの扉の横に寝ているのに、それでも起きる事はなかった。

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