探検者 後編

 私が考えを巡らせている間も、パキッ パキッ という音は続いている。


 何か、大きな生き物が歩いている音だ。


 太い枝が踏まれて、折れているのが分かる。


 私達が動けずにいると、友人が小さな声で、「行こう」と声を掛けてくれた。


 友人が小さな声で話すということは、静かにしろという意味だと思い、黙ったままでうなずいて、道を進んだ。


 何かが追いかけてくる気がして、時々後ろを振り返りながら早足で歩く。


 そして、段々と息が上がってきた頃、木々の隙間から道路が見えてきた。


 ——たぶん、山から下りてきたんだ。


 そう思った瞬間、身体の力が抜けていくのが分かった。


 周りを覆っていた木々もまばらになり、視界が広がる。


 そこから民家がある場所へ辿り着くには、そんなに時間はかからなかった。


「やったぁ、出口だ!」


 4人で声を上げて喜んだ。不安そうにしていたみんなの顔には、笑顔が戻った。


 山の出口には小川があって、ボロボロの木の橋が掛けてある。


 ちて所々欠けていたので、1人ずつ渡り、道路へ出た。


 やっとアスファルトで舗装された道路へ出て、恐怖から解放され、もう後は家に帰るだけだ——。




 するとその時、私は夢から覚めた時のように、ふと、ある事を不思議に思った。


 ——あれ? 妹と幼馴染と、あと誰だっけ……?


 私は、妹と幼馴染の顔を見た。


 しかし、さっきまで一緒にいたはずなのに、辺りを見回しても、2人の他には誰もいない。木の橋を渡った時は、友人も一緒だったはずなのに、どこへ行ってしまったのだろう。


 しばらく考えていたが、友人の事はよく思い出せなかった。


「ねぇ、もう1人は誰だっけ?」


 妹と幼馴染に訊いたが、2人も首をかしげた。


「あれ? 誰だっけ?」

「えーと、あいつだよ、あいつ」


 先程まで一緒に探検をしていたはずの子の、顔と名前が、全く思い出せない。


 自分達と同じくらいの身長で、色素の薄い髪の毛で、白っぽい服を着た、明るい子——。


 とても仲が良かったのはずなのに、何故か思い出せなかった。


 友人を置いて帰るわけにはいかないので、3人で必死に思い出そうとしたが、やはり名前が出てこない。友人の事を説明しようとしても、いつから友達だったのか、どこで知り合いになったのかも、誰も答えられなかった。


 ただただ、時間だけが過ぎて行く——。



 そして、何も解決しないまま、夕陽が照らし始める頃になってしまった。


 遅くなると裏山に行ったのがバレると思った私達は仕方なく、ゆっくりと我が家の方へ歩きだした。


 山から下りて家へ帰るまでは、結構距離がある。


 途中で、畑仕事をしているおばあちゃんに話し掛けられたり、犬に吠えられて走って逃げたりしながら、我が家が見える場所まで帰った頃には、辺りは深いオレンジ色に染まっていた。


 幼馴染は違う道で帰るので、ここでお別れだ。


「結局誰だったか、思い出せなかったな」


 ずっと気になっていた私が言うと、妹と幼馴染は、キョトンとした顔をした。


「何が?」


「いや、もう1人一緒に行ったじゃん。道が分からなくなった時、教えてくれただろ」


 さっきまで一緒にいた友人のことを完全に忘れてしまうなんて、冗談を言っているのかと思ったが、2人は顔を見合わせて、首を傾げている。


「もう1人って? いつの話?」

「今日は3人だけだよ。何言ってんの?」


 ——あれ? 本気で言ってる……?


 その2人の反応を見て、一気に手に汗が滲んできた。


 妹と幼馴染は、山から出てきた時にはもう1人いた事を覚えていたが、時間が経った事が原因か、あるいは山から離れた為か、一緒にいた友人の事を何も覚えていなかった。

 

 あんなに仲良く探検をしていたのに、そんなに簡単に忘れるものだろうか?


 そして、なぜ自分だけが覚えているのか——。


 私には、自分で決めたルールがあった。


『私が何かを言って、相手が不思議そうな顔をしたら、それ以上はもう何も言わない』


 そのルールを破ると、大体おかしい奴だと嫌な顔をされた。それが原因で、仲間はずれにされたこともある。


 私が視えているものが、他の人にも見えているかどうかは、自分では分からない。


「いや、なんでもないよ。間違えた」


 笑って誤魔化ごまかして、幼馴染とは分かれた。



 ——今日一緒に探検したのは、一体誰だったのだろう。


 家に帰ってからも考えたが、いくら思い出そうとしても、やっぱり顔と名前は思い出せなかった。


 それでも、山から出ることができたのも、大きな動物に出会さずに無事家へ帰れたのも、全部あの子のおかげだということは、ちゃんと覚えている。


 もしかすると、あの子は人間ではなかったかも知れないが、


 きっと、いい奴に違いない——。それだけは確かだ。

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