第4話 探検者(不思議) 前編
小学校の高学年だった頃、私と幼馴染の間では探検が流行っていた。
探検といっても、大人が入ってはいけないと言った場所に、子供だけでこっそりと行くだけだ。
大人達は、危険だから行くな。という意味で言っているのだが、子供なので伝わらなかった。それどころか、ダメだと言われると、余計にやりたくなった。
小学生の頃の私は、あまり良い子ではなかったかも知れない。
暖かな陽が照らして、クローバーの花が咲いた頃、また幼馴染と
「なぁ、昨日じいちゃんが、山に近づくなって言ってたぞ」
「何で?」
「さぁ? よく聞いてなかったけど、危ないからじゃない?」
「ふーん、何があるんだろう? 土曜日に行ってみる?」
「いいよ!」
我が家の裏山は、山を整備する為に、人が歩ける道がある。
道と言っても、獣道よりはマシ。という程度だが、その道を進んでいくと、少し離れた民家がある場所へと抜ける事ができた。子供の足なら、40分くらいで山から出られる。
最初は、私と幼馴染と、友人の3人で行こうとしたが——家の裏を歩いている時に妹とばったり出会してしまった。私は妹の顔を見た瞬間に、
——まずい!
と思ったけれど……もう遅い。
「どこ行くの?」
妹が私たちの前に立ちはだかる。
「え? 別に……」
「……散歩?」
どうにか
「山に行くんでしょ? だったら私も行く」
「えー? 女には無理だよ」
「そうだよ。危ないし」
「連れて行かないなら、親に言いつけるから」
妹にそう言われて、3人共黙り込んでしまった。
どうせ口では妹に
私も入れて、4人で裏山へ登る。
山の斜面は陽当たりが良く、つくしや草の花がたくさん咲いていた。
そこは、幼い頃には金色や虹色の、光の球が飛んでいた場所で、暖かくて気持ち良くて、このまま斜面で昼寝をしてもいいな。と思った。
しかし、今はそんなことをしている暇はない。
これから探検をするので、危険な事が起こるかもしれないと、みんなで長めの木の枝を拾ってから、山へ入った。
入ってしばらくは、子供でも登れる高さの木がたくさんある。
「ねぇ、登ってみる?」
と、たまに友人が声をかけてきたが、その度に妹に反対されて、大人しく先へ進んだ。
本当は、木に登って景色を見たり、何か面白そうなものがあれば寄り道だってしたかったので、妹に見つかってしまったことを後悔した。
妹は探検というものを、全く分かっていない——。
裏山の中は、奥に行くにつれて、大きな木ばかりになって行く。細い山道の横は、段々と傾斜がきつくなり、下の方に見えていた川も次第に見えなくなった。
15分程歩くと段々と緑が少なくなって、よく見ると枯れた木も多い。広い山なので、奥の方までは手が行き届かないのだろう。山の入り口付近と比べると、とてもさみしい感じがする。
そして、その頃から耳がキーンとするくらい、辺りは静かになって行った。
川の流れる音も、車の音も、草が揺れる音も、何も聞こえない。
風が強く吹くと、高い場所の木々が揺れて、ギィっと不気味な音を立てる。
たまに鳥が飛び立つ音がして、体がビクッと跳ねた。
臆病風に吹かれて、
——やっぱり、やめておけば良かったかな。
そう思い始めた頃、道が左右に分かれた場所にたどり着いた。
前に大人と来た時には、こんな場所は無かった気がする。
「これ、どっちに行けばいいの?」
幼馴染が訊いた。
「え? ……えーと」
——どうしよう……。
頭が混乱して、一気に心臓の音が速くなった。すると、
「ねぇ、こっちだよ!」
友人が突然声を上げて、右側の道を指差した。
どうして初めて来たはずの友人が、道を知っているのだろう? と不思議に思ったが、素直に従ってみんなで右の道へ進んだ。
本当はとても不安だったので、前を歩く友人の姿が格好良く見えた。
また歩き始めても、やはり枯れた木が多い。
目印になるものを探そうと周りを見回しても、枯れた木や倒木がある同じような景色ばかりで、今どの辺りにいるのかも分からない。
車の音が聞こえないという事は、かなり山の奥の方にいるはずだ。もうこのまま山から出られないのでは、と不安が募る。
そして、道を進んでいると途中で、パキッと木の枝を踏む音が響いた。自分達が踏んだ音ではない。辺りは静まり返っているので、音がやたらと大きく感じて、怖くなった。
いつもは私に強くあたってくる妹の顔も、引きつっている。
子供しかいない山の奥で、助けてくれる大人はいないので当然だ。
するとその時、祖父が話していたことを、やっと思い出した。
『畑に現れた熊を、山へ追い返した』
祖父はそう言っていたのだ。
——音を出しているのが本当に熊なら、木の枝なんかじゃ追い払えない。
そう思ったら余計に怖くなり、身体が冷たくなるのを感じた。
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