漫画喫茶 後編

 小雨が降っていた平日の夕方、美人で客からの評判も良い、2つ年上の先輩が話しかけてきた。


「外掃除行ってもいいよ」


 従業員の中では、外掃除はとても人気のある作業だった。店の中や駐車場には監視カメラが付いていたが、裏の駐車場にはカメラがなかったからだ。


 外掃除にいってサボるのは、大体先輩達で、その頃まだ1番の新人だった私は、外掃除には行かせてもらった事がなかった。


 しかし、外を見ると小雨が降っている。


 先輩は濡れるのが嫌だから、譲ってくれたのだろう。美人なのに、ちょっと意地悪なんだな。と思ったが、分かりました。と返事をして外へ出た。


 他の人達はサボる為に外へ出ていたが、私は真面目に掃除をしながら、裏の駐車場へ向かう。


 いつもはバスで通っていたので、大通りに面した店の正面しか見た事がなく、裏側へ回るのは初めてだった。


 そして裏の角を曲がった瞬間、足が止まった。


 裏の駐車場の前は空き地になっていて、陰になる訳がない。それなのに、駐車場の周りは夜中みたいに真っ暗で、なんとなく動いているようにも見える。


 ——気持ち悪い。そう思った瞬間、ブツブツと声が聞こえだした。


 1人や2人ではなく、大勢の人達が集まって会議をしているのを、隣の部屋で聞いている感じだ。そして、


 ——あぁ、これだ。と気付いた。


 客はいない筈なのに、店内が騒がしい。


 あの、話し声がうるさい。と言っていた客と、私が聞こえていたのは、この声だと思った。ボソボソと同じトーンで話すのが似ている。


 裏の駐車場でいつもサボっている先輩達は、おそらく霊感がなく何も感じない人達だ。だから不気味な声も聞こえないし、恐ろしくもない。


 しかし、他の人よりも感覚が鋭いあの客と私には、ブツブツと話す声が店内まで聞こえていたのだ。


 まるで暗い沼に足を踏み入れたみたいで、沈むような、引っ張られるような、嫌な感じがする。


 沼といってもあるのは水ではなく、無数の小さな虫達が大きな塊になっているような感じがして、見ているだけで背筋があわ立つ。


 小さな黒い塊の1つ1つが、ボソボソと何かをつぶやいている。


 ——これ以上ここにいるのはまずい。


 そう思ったが、すでに周りの音が聞こえないくらいの耳鳴りがしていて、頭痛と吐き気も我慢できない程、酷くなっていた。よくない場所の典型的な症状だ。


 離れないと、もっと酷くなるのは分かっていても、体は全く動かない。

 

 結局そのまま座り込んでしまい、5分くらい冷や汗をかきながら耐えていると、白い軽自動車が裏の駐車場に入ってきた。


 すると、まるで繋がってる糸を切られたかのように、体が動くようになった。


 ——良かった、助かった……!


 私は何とか立ち上がり、すぐにその場を離れた。


 幸いだったのは、嫌なものが追ってくる気配がなかったという事だった。ああいった嫌な気配のものは、元いた場所から動いて、付いてくると厄介だ。動いてしまうと、どこまで付いてくるか分からない。


 その後は、裏の駐車場には一度も近寄らなかった。


 そして、不可解な現象に耐えられなくなった私は、結局1年足らずで店を辞めてしまったが、半年くらい経って店の前を通ると、漫画喫茶は潰れていて、別の店舗になっていた。


 地元ではなかった私は知らなかったが、あの場所は数ヶ月から2、3年で店が潰れて、また新しい店が出来るらしい。


 今思えば、建物自体は新しいのに、裏の駐車場は黒ずんでいて古い感じがした。おそらく店が変わる度に、正面から見える部分だけ綺麗に造りかえているのだろう。


 あの古い駐車場で、過去に何があったのかは知らないが、霊感の強い友人にだけは、近寄らない方がいい。と助言しておいた。


 今も駐車場にある闇の中では、小さな黒い塊の集合体がボソボソと、何かを呟いている——。

 

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