猫のミーちゃん 後編

 私が高校3年生の頃、ふと考えたことがある。


 我が家の愛犬は、私が幼い頃に家族となり、もうとっくに死んでしまっていた。 


 ミーちゃんが小さい頃の記憶はないが、ミーちゃんは一体何歳なのだろう?


 気になったので、叔父さんにたずねると、


「お前とミーちゃん、どっちが先だったかなぁ?」


 と曖昧あいまいな答えが返ってきた。


 憶測おくそくだが、どちらが先に生まれたか分からないという事は、まぁ同じくらいの歳なのだろうと考えると、18年前後生きているという事になる。


 ——猫って長生きなんだな。と思った。




 少し肌寒くなり、長袖のパーカーを羽織はおりり出した頃、夕方1人でリビングにいた時のことだった。


 私は寝転がってテレビを見ながら、スマホをいじっていた。


 すると、急に視線を感じてふと横を向くと、すぐそばの窓越しにミーちゃんがこちらを見ていて、目が合った。それまで何の気配もしていなかったので、思わず顔にスマホを落としたくらい、私はビックリした。


「何してるの? どうしたの」


 話し掛けてもミーちゃんは身動きひとつせずに、じっと私の顔を見ている。


 こんなに近くにいても、どうせ触ろうとすると逃げてしまうので、私はそのまま、ミーちゃんのそばでゴロゴロと寝そべっていた。触らせてくれなくても、私に会いに来てくれたのは嬉しい。


 そして、気付いたらいつの間にか、ミーちゃんはいなくなっていた。


 翌日の夕方も、私が同じ場所でくつろいでいると、またミーちゃんはやってきた。


 いつもなら叔父さんの家の近くにいるのに、続けて来るのは珍しいなと思ったが、猫だってたまには違う場所へ冒険しに行きたいよな。と思い、その時はたいして気にはしなかった。


 前日と同じように、彼女はじっと私を観察して、帰っていった。




 それから数日経った、夕方のことだ——。


叔父さんが疲れ果てた顔で、我が家を訪ねてきた。


「ミーちゃん見なかったか」


 いつも夜になると、ご飯を食べに帰って来ていたミーちゃんが、2.3日帰ってこないらしい。


「ミーちゃんなら、つい最近2日連続で、きてたよ」


 私が言うと、叔父さんは話を最後まで聞かずに、すぐに外へ探しに行ったので、私も今まで彼女を見掛けた場所を中心に探した。


 我が家の車の上と、陽の当たる岩の上、それからブロック塀の上。


 しかし、彼女を見つけることは出来なかった。


「またミーちゃんがこっちに来たら、すぐに教えてくれ」


 そう言って叔父さんは帰って行った。


 真っ暗な中、帰っていく叔父さんの背中を見ていると、何だか無性に胸がざわついた。



 翌日の夕方、叔父さんが茶色い段ボールを持って現れた。


 聞かなくても分かったが、ミーちゃんだった——。


 仕事から帰った叔父さんが、いつもと違う匂いに気付いて屋根裏をのぞくと、冷たくなったミーちゃんがいたらしい。


「何であんな所で1匹だけで……」


 叔父さんはそう言って涙を流していたが、猫という生き物は、死に際を人間には見せないらしい。


 たとえそれが、長年可愛がってくれた、優しい飼い主だったとしても。


 猫はミーちゃんに限らず、病気や怪我、老衰などで弱ったりすると、誰にも見つからない場所を探すらしい。野生だった頃の本能だ、と本に書いてあった。


 ミーちゃんの体を見る限り怪我はしていなかったし、高齢だったので多分老衰だろう。顔はただ眠っているかのように、穏やかだった。


 たまにしか訪れない我が家まで、2日連続で来てくれたミーちゃん。


 十数年見守ってきた人間の子供に、別れの挨拶に来てくれたのかもしれない。


 

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