第2話 猫のミーちゃん(不思議)前編

 学校の帰り道、いつも私を迎えてくれる猫がいた。


 猫は白に薄いグレーの、ハチワレの猫だった。


 彼女の名前はミーちゃんといって、近くに住んでいる親戚の叔父さんが拾って、子猫の頃から育ててきた猫だ。


 私が小学生になり、徒歩で通学しだした頃から、ほぼ毎日帰りを待ってくれていた。


 ミーちゃんはとても警戒心けいかいしんが強く、育ててくれた叔父さんにしか懐いていない。私も何度か触ろうと試みたが、少し近づいただけで、ものすごい勢いで逃げていく。


 同じ部屋にいるだけなら平気そうなのに、猫にもパーソナルスペースのようなものがあるみたいだ。結局私は、一度も触れたことはなかった。


 それでも学校から帰ってくると、叔父さんの家の近くでミーちゃんは待っていた。


 大体は畑へつながる坂道の真ん中辺りから、前足を広げて、せのような感じの体制でこちらを見ている。


 ある時は、叔父さんの車の上に乗り、ドアバイザーに爪を立てて、のぞき込むように見てきた。


 今思い起こせば低い姿勢で爪を出し、黒目は細くなっていたので、もしかしたら、私を狩ってやろうと思っていたのかもしれない。


 やっぱり仲良くなりたいのは私だけのようだ。


 不思議だったのは、何故私が帰ってくるのが分かるのか、という事だった。まさか夕方まで一日中、同じ場所にいた訳ではないと思うが、帰るといつも彼女はにらみをかせてくるのだ。


 学校はその日によって、帰る時間はバラバラだ。いつもより早く終わって昼に帰った時も、同じ場所で、同じ体勢で待っている。


 それは、私が高校生になっても続いていた。


 その頃になると、ミーちゃんの姿が目に入らなくても、どこから見ているか、大体分かるようになっていた。


 彼女は一切身動きせずに、目を見開いて、じっとこちらを見つめてくる。圧というか、殺気のようなものを感じるからだ。少しでも気を緩めて目をらしたら、飛びかかられそうだ。


 彼女の特等席の近くになると、耳がピリピリとしてくる。


 ただ、ミーちゃんが殺気を送ってくるのは、どうやら私限定のようだった。妹と一緒に帰った時も、友達を連れて帰った時も、目が合っているのは、私だけだった。


 別にミーちゃんが嫌がる事なんてしていないし、むしろ仲良くしたいのに、それが鬱陶うっとうしいと思われていたのだろうか。


 そして、長年ずっと彼女に睨まれる理由を探していたが、やっと何となく理由が分かった気がした出来事があった。


 それは、道路脇の木の上から見られていた時だった。


 その時、私は考え事をしながら歩いていたので、気付いたら手を伸ばせば触れる距離にミーちゃんはいて、驚いて固まってしまった。


 初めてそんなに至近距離でミーちゃんの顔を見たが、意外にも猫パンチを食らったりはしなかった。そして、その時初めて、彼女と目が合っていないことに気がついた。


 ——ミーちゃんが見ているのは、私ではなく、私の左肩だ。


 しかし、これはよくある事だった。

 5歳にも満たない小さな子供の近くに行くと、子供達は私の左肩の辺りを見てくるのだ。


 私が話しかけても、無視して左肩を触ろうとする。


 指を指して、笑って肩の方に話しかける子もいる。


 泣いていた子が急に泣き止んで、私の左肩を見つめる。


 子供達の様子を見ていると、私の左肩にいる何かは、きっと小さくて可愛い姿なのだろうと思う。なので、そんなには気にしなかった。


 別に嫌な気配は感じていないし、私を助けてくれている何かが近くにいるのは分かっているので、守護霊か何かだと思うようにしている。


 おそらくミーちゃんも、その何かが見えているのだろう。もしかしたら、私を狩ろうと思っていたのではなく、私の左肩にいるものを狩ろうと思っているのかも知れない。


 そして私は、彼女の機嫌を損ねないように、そっと離れた。

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