抜けてはいけないトンネル 3

 音は少しずつ大きくなり、そして、私のすぐ後ろで止まった。


 背中に感じる冷たいものは、無数の細い針でちくちくと刺してくるような感じに変わって行く。痛くて余計に呼吸がしづらくなった。


 その時、はぁっ、と寒そうな呼吸音がした。

 右耳のすぐ後ろで——


 たしかに自分以外にも3人いる。呼吸音がしてもおかしくはないのだが、全員目の前にいる。右耳のすぐ後ろで呼吸音がするのは、おかしい。


 ——真後ろに、何かいる……。


 そう思ったが、こちらを向いている同級生には、何の変化も見られない。私の後ろに何かいるのなら、何らかの反応があるはずだ。


 おそらく皆何も見えていない。それは、生きているものではないということだ。


 そして、私はまるで冬の川の中にいるようで寒くて震えているのに、同級生達は誰も寒そうにはしていない。


 異変を感じ取っているのは、きっと私だけなのだろう、と思った。


 後ろにいるものの正体が分からないのも怖いので、振り返りたいが、振り返ると、もっと恐ろしいことが起こる気がした。


 ——絶対に、顔を見てはいけない。


 何故だか分からないが、そういう予感は普段からよく当たっていたので、逆らわなかった。自分だけにしか分からないものの恐怖と、寒さで動けない。


 するとその時、冷たくて細いものが肩甲骨の真ん中辺りに、ふわりと触れた。


 一気に全身の毛が逆立つ。


「うわっ!」


 と、思わず大きな声が出ると、それまでは金縛りにあったように動かなかった身体が、急に動くようになった。


 逃げるなら今しかないと思い、私が全力で走り出すと、同級生達も怖くなったのか、叫び声を上げながら一緒に走り出す。


 走る間、風鳴りがうるさかった。女の人が叫ぶような高い音と、うなっているような低い音も聞こえる。


 何かの言葉のようにも聞こえたが、聞きたくなかったので、風の音だと自分に言い聞かせた。


 そして、トンネルを抜けた瞬間、緑色の光が目の前を横切り、驚いた私は足にブレーキを掛けた。後から来た同級生達も、私にぶつかって止まる。


 ——その時の痛みで正気を取り戻した私は、ハッとした。


 顔を上げ前を向くと、月明かりに照らされた黒い川が大きくうねりながら流れている。もし、止まらずにそのまま走っていたら、間違いなく川に突っ込んでいただろう。


 トンネルの中で私に触れたものが、川の中へ連れて行こうとしていたのなら、落ちた後はどうなっていたか分からない。

 

 緑色の光が横切ったおかげで、私達は川に落ちずに済んだのだ。


 もしかすると、何かが私達を守ってくれたのかも知れない。


 トンネルから出た私は、いつの間にか、寒気もしなくなっていた。


 もう大丈夫だろうと、同級生の陰から恐る恐るトンネルの中を見たが、暗闇以外は何も視えない。それでも、何かに触れられた背中には、まだひんやりとした感触が残っている。


 細くて冷たい、女性の指のような感触だった。


 帰り道、しばらく黙っていた同級生の1人が、


「やっぱり、女の人の声がしたよな」


 と、ぼそりとつぶやいたので本当は「それだけじゃないよ」と言いたかったが、あえて何も言わなかった。


 世の中には、知らない方がいい事もたくさんある。


 私は、あのトンネルの出口で事故を起こした人達は、皆軽傷で、車が廃車になった人もいる。くらいしか知らなかった。


 しかし、後から近所に住んでいるおじいさんに聞いた話では、おじいさんが若い頃、車ごと川に落ちて亡くなった女性がいたらしい———

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