家庭の形

 安城さんがそばで指を咥えて見ていた。

 てっきり、安城さんの事だから、何かしてくるだろうと予想していた。


 ところが、安城さんはシズカおばさん相手には、表立って何かやろうとはしない。


 本人が見えていない時には、浜辺での一件然り、変な事をするのだが。


 今は、ボクが膝枕されている所をじっと見つめていた。


「ねえ。変わってちょうだい。あたしも、膝枕してあげたいの」


 シズカおばさんの横で、お姉ちゃんが駄々をこねていた。


「こういうのは、わたくしに任せなさい」

「もう。早く仕事行って!」

「あら。数日前は、あんなにはしゃいでいたのに」


 どちらも、素直ではなかった。


「それなら、……ほら」


 足を伸ばし、膝の辺りを指先で叩く。


「ケイもいらっしゃいな」

「い、嫌よ」

「ケイ様。素直になったらどうです?」

「嫌!」


 お姉ちゃんは、シズカおばさんに対して甘えるのは抵抗があるようだ。


「レンくんから、言ってあげて」


 ボクに振ってくるので、言われるがままお姉ちゃんを誘った。


「お姉ちゃんも、一緒に寝ようよ」

「……仕方ないわね」


 すぐに頷いてくれた。

 お互いに頭の向きが逆になるよう、シズカおばさんの膝を枕にする。


 位置が悪かったのか、何度か寝返りを打ち、ちょうどいい位置を探っている。


 その時だった。


「……ちゅ……、あ、やだ。レンたら。顔近すぎて――」


 お姉ちゃんの唇に、ボクの口が当たったのだ。


「ケイ」


 鋭い声が頭上から降ってきた。


「わたくしの前で、接吻とは何事なの?」

「わざとじゃないの。事故よ!」

「もっと、離れなさい!」

「これ以上下がったら、骨に当たって痛いのよ!」


 ここでも、親子喧嘩だった。

 シズカおばさんは、口を尖らせて黙る。


 お姉ちゃんがそっぽを向き、寝ながら腕を組む。

 それと同時に、おばさんは自分の唇に指を擦りつけた。


「……これで、事故はなかったことになるわ」


 ボクの唇に指を擦り付けてきたのだ。

 きっと、シズカおばさんだからこそ、ドキドキしてしまうのだろう。


 どこか甘い色香のある、乙女のような挙動に、ボクは口を噤んでしまった。


「おお、間接キスですね」


 安城さんの声は、お姉ちゃんへの報告だった。


「ねえ。お母様。どうして、あたしが向こうむいている時に、変な真似をするのかしら?」

「変な事? あらあら。これは、汚れを取っているだけよ」

「誰が汚れですって!?」


 また、親子喧嘩が始まる。


 ボクは二人の声を聞きながら、以前よりも騒がしくなった自分の部屋で、目を閉じた。


「ははは」


 思わず、笑ってしまう。

 他の家庭に比べたら、きっと歪で、病的な家族だろう。


 ボクにとっては、この我が家こそが、一番心の落ち着く空間になっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おねえちゃんにイジメられているボク 烏目 ヒツキ @hitsuki333

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ