ちょっと変わった

 海から帰ってきて、二日が経ったか。


 久しぶりにキミオおじさんが帰ってきて、四人で昼食を食べていた時の事だった。


 お姉ちゃんと安城さんは、真っ黒に焼けていた。

 シズカおばさんは、薄い褐色に肌が染まっている。


 キミオおじさんは、そんな二人を目で追いかけていた。


「お代わり、あるから。もっと食べなさい」

「う、うん」

「育ち盛りなんだからね。遠慮しなくていいのよ」


 隣に座るシズカおばさんが、一口食べては、頭を撫でてくる。


「醤油取ってよ」

「自分で取りなさい」

「取ってよ!」


 お姉ちゃんには、相変わらず厳しいおばさん。


「はい。どうぞ。……哀れなケイ様」

「くっ。……使用人の、くせに……」


 後ろで控えている安城さんが、代わりに醤油を取ってくれる。

 その光景を見て、思う事があったらしい。

 キミオおじさんは、遠慮がちに言った。


「なあ」

「あら。どうしたの、あなた?」


 新聞を下げて、視線を落とす。


「もっと、……こっちへ来ないか?」


 ボクの食器が置かれているスペースに、二人分の食器が侵入していた。

 黙って見ていたキミオおじさんは、見かねて声を掛けたみたいだ。


「いいわ。遠慮しておく」


 お姉ちゃんが、バッサリと切り捨てる。


「わたくしは、レンくんの面倒を見ないといけないから。あ、魚、わたくしのをあげるわ」


 そう言って、魚をボクの皿に載せてくれる。


「あ、ありがと」


 食べづらかった。

 だって、家族の半数がこっち側にいるのだから、キミオおじさんの周りだけ、スペースが大きく開いているのだ。


 何とも言えない気持ちで、白身を口に運ぶ。


「何かあったのか?」

「どうして?」

「何だか、随分と仲が良いものでな。ケイとお前は、もっと仲が悪かったろう」


 海で一緒に遊んで以来、少しだけ二人の距離が縮まった。

 シズカおばさんは、夜になると「部屋にきなさい」とだけ言い、一緒に寝るようになった。


 けれど、黙っていないのは、安城さんとお姉ちゃん。

 安城さんの場合は、お姉ちゃんをダシにして、「変な事をしないように見張っておきます」と言い、夜になると布団に潜りこんでくる。


 お姉ちゃんは「弟と一緒に寝たいだけよ」と言い、布団に入ってきた安城さんを手で押し返し、ボクを抱き枕にしてくる。


 一日おきに、シズカおばさんとおねえちゃん達が入れ替わりで、添い寝をするようになっていた。


「あ、あまり、くっつくのは感心しないぞ」

「あのね。レンくんは、まだ子供なの。子供には親が必要でしょう?」

「うっ」


 お姉ちゃんの遺伝の元が、強い言葉でを攻撃する。


「そうそう。手間暇かけてあげるのが、家族ってものじゃない」


 お姉ちゃんは、追撃をした。


「旦那様。今日、また出発するのですよね」

「え、いや、今日は家でゆっくりしようかと」

「左様でございますか。しかし、一家の大黒柱である旦那様には、さらに頑張ってもらわねばなりません。差し出がましい真似とは存じますが、ランが特製の精力剤をご準備いたしました。どうぞ。くださいませ」


 タジタジになり、キミオおじさんは用意された茶色の液体を飲む。


「あぁ、これは、……効くなぁ。ははは」


 しかし、一息吐いた直後、「ふぅ」と天井を見上げる。


「効きすぎて、はは。眠ってしまいそうだよ」


 もしかして、とボクは目を逸らしてしまった。


「お疲れなのでしょう。出発の時間には、ランが起こします。どうぞ。お部屋でごゆっくりと、お寛ぎくださいませ」


 肩を貸し、安城さんがキミオおじさんを追放した。


「……やっと、邪魔者いなくなった」

「え?」

「あの人ったら。もう。家にいる時は、部屋でゆっくり休むように、きつく言っておくわ」

「あ、あの……」


 二人に挟まれたボクは、何だか言葉にできない感情が込み上げてくる。

 家族愛に触れていたはずなのに、別の何かにすり替わっていたのだ。


 二人が太ももを撫でてきて、ボクは体をビクつかせてしまう。


「宿題を見てあげるわ。レンくん」

「それから、お姉ちゃんと一緒にお昼寝しましょう」


 母娘おやこは妖しく笑った。

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