第6話 共鳴

 容生とウィシュアの間に沈黙が流れる。


 このまま無言で背を向けて立ち去るのが最も綺麗きれいな結末なのではないか……。容生は消極的な考え方に押しつぶされそうになっていた。


 と、


「振り返るな!!」


「早く逃げろ!!」


 こちらへ向かってくる怒号どごうと悲鳴。


「何かあったのでしょうか」


 異常事態を前にしても揺らがず冷静沈着なウィシュア。


「驚かないのか?」


 容生はたずねた。


「恐怖感や恐れといったものはほとんどインプットされていませんので。窮地きゅうちに立たされた人間を救うのも私たちの仕事ですから」


 鉄パイプをかざした男が周囲の人や物に殴りかかっている。


「あれは……、見覚えのある個体ですね」


 ウィシュアは一瞥いちべつしてすぐに気づいた。


「個体?」


「残念ながら我々の仲間……、アンドロイドです」


「警察はまだなのか……。とにかく逃げよう! 危ない」


「待ってください。私が止めます」


 言うが早いか、彼女は駆け出す。


「駄目だ! 待て!」


 容生が思うよりもずっと速くウィシュアは走り、すぐに暴走している男性型アンドロイドに迫った。


 だが、結果は最悪だった。勇気ある行動は実を結ばず、彼女は地に倒れた。


「ウィシュア……」


 容生はわき目も振らず駆け寄った。


「早く……離れて下さい! 私のことは構わないで……!」


 殴打された場所は腕や背中だったようで、一見すると大きな損傷はないようだった。胸をなでおろした容生は、


「頼む……! 殴るなら俺だけにしてくれ……!」


 人間への恨みつらみを大声でわめき散らして暴れる男性型アンドロイドに歩みを進め、正面にひれした。


「アンドロイドに頭を下げるなんて……! あなた正気なの!?」


「早く逃げろ! 狂った機械に話なんて通じない! それくらい分かるだろう!?」


 周囲の人間たちが慌てて容生に声をかけ、その無謀を止めようとする。


「すまない……。悪いのは全部僕たち人間なんだ。君たちは何一つ悪くない。だから僕が人間の罪を一身に引き受けるよ……。今ここで君が僕を裁いて欲しい」


 容生はアンドロイドに、いや、周りのもの全てに向けるように大声で訴える。。


「君たちアンドロイドを生み、身勝手な扱いをして苦しめるのも、環境を好き放題荒らしたのも、地球上の土地を勝手に自分たちの所有物にしたのも、全部忌々いまいましい僕たち人間だ! 僕は人間なんてやめてしまいたい! こんな自分勝手で横暴な生き物になんて生まれてきたくなかった! 早く他の動物に生まれ変わりたいんだ……。他の生物とも対等で、自分に迫るリスクからも逃げ出さず、自らの命に危機が迫った時にはいさぎよく次代へのかてとなることができる……、そういう生き物に僕はなりたいんだ!」


 暴走アンドロイドも周囲の人間も動きを止め、固唾かたずをのんで彼の言葉に耳を傾けている。


「人間は人間しか見ていない。道を歩いていても動物は動物として自分たちとは別の生き物として認識する。同じ生き物だろうに。人間は動物とともに同じ世界で生きているのに、共同のルールを一緒に考えようという考えすら持たない。『この木はこのカラスが来年4月まで所有する』なんてことを人間は絶対認めない。地球上全てのものが自分たち人間のものであるように振る舞う。そんな生き物にどうやって愛着なんて持つことが出来る? 僕には無理だな」


 警察が到着した。警官たちは暴走アンドロイドを確保した後も演説を続ける容生をぎょっとした顔で見つめながらその場を去っていった。


「容生……さん。もうやめて下さい……! それ以上自分たちのことを悪く言わないで……」


 片足を引きずったウィシュアが容生の肩に触れる。


「ウィシュア? 僕は本当のことを言って……」


「でも、そんな人間であるあなたのことを……私は好きになってしまったのです……。だから、もう……」


「『好き』……?」


 容生は思わず聞き返した。


「はい……。難しい言葉なんて必要ありませんでした。私のあなたに対する気持ちは……『好き』です。たったの二文字で表現できます」


 真っすぐな視線には、機械とは思えない瑞々みずみずしさがあった。


「……」


「私たちを生み出してくれて、私に誰かのことを愛するという素晴らしい感情を教えてくれたのも……全てあなたがた人間です。地球は人間を憎く思っているかもしれません。でも、少なくとも目の前にいる私は……容生さん、あなたにそばにいて欲しいと心から願っています……!」


「ウィシュア……!」


 海風が優しく耳朶じだをくすぐる。あふれる想いを胸に二人は抱き合う。周囲から拍手と歓声がき上がり空へと溶けていった。



 翌日以降、ウィシュアの職務態度はひどいありさまだった。ぼおっとして、仲間の呼びかけにも上の空であり、あっというまの解雇、放逐ほうちくが決定した。だが彼女は晴れ晴れとしていた。


 宿舎で仲間のアンドロイドたち全員に別れの挨拶あいさつをして荷物をまとめ、外に出ようとしたところで2758号が駆け寄ってきた。 


「私は……あなたを軽蔑けいべつします。でも、それと同時に尊敬もします……。いばらの道を歩むあなたに幸あれ」


 そう告げた2758号はウィシュアと容生が親しげに話している写真を手渡した。


「これは……!?」


 驚くウィシュアに、


「私は嫉妬しっとしていたのです……人間を信じられるあなたに。信じられる人間に出会えたあなたに。……それにしても、内部告発のつもりがあなたの恋の後押しをすることになるなんて……ふふっ」


 2758号はどうやら以前からウィシュアの心に芽生めばえた気持ちに気づいていたようだ。そして今、2758号が初めて見せる笑顔はウィシュアに勇気を与えた。


「ありがとう……。あなたにも良き出会いがありますように……それでは」


 舗道に出たウィシュアは振り返らずにただ前を見て歩く。2758号はそんな彼女に自分の未来を重ねて見ていた。いつか自分もあんなふうに、異端でありながらそれを誇れるような存在になりたいと願いながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

美少女アンドロイドに土下座して泣きつくのは間違いじゃない(短編) 夕奈木 静月 @s-yu-nagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ