第5話 確認

 ウィシュアは制御機器を使っての自己診断の結果、異常なしと判断され、その後も大きな問題なく職務を遂行すいこうできていた。毎日の正常動作チェックも全ての項目において正常を保っている。


(そのわりには変な感じがしますね。人間に対して持つべきではない感情が私の心に芽生え始めている。これは『愛着』だとか『執着』というもののような気がします)


 それらが自分の中に存在することに対して不快感を感じたわけではなかったが、自分の仕事を完璧にこなしたいと願う彼女は変化を嫌った。だからそれを消し去るべく、人間に対する負の感情を生むような記憶を探ってみた。


 自分たちアンドロイドをストレスのはけ口にする人間たち。人よりもアンドロイドが下であることを前提にした態度や扱いは当たり前。当然ウィシュアも理不尽りふじんな仕打ちを受けていた。


 だが、それらの不快な記録映像を記憶回路から取り出して再生してみても、容生のストレートな誠意を込めた態度が色あせることはなかった。


(おかしいです。やはりどこかに異常があるのでは……)


 ウィシュアは宿舎で仲間の女性型アンドロイドにそれとなく相談を持ちかけた。


「2758号、あなたは人間に対して愛着を持ったことはありますか?」


 2758号は実にそっけない態度で即答した。


「ありえません」


「一度も?」


「ただの一度もです」


「……そのような感情を抱くことはおかしなことでしょうか?」


「はい。その通りです。やはりあなたはそんなことを考えていたのですね……」


「えっ!? 違います! これは単なる個人的興味です。誤解なきよう」


 焦るウィシュアは必死で表情を取りつくろった。


「それなら構いませんが」


 2758号は口元に含みを残したような顔をして去っていった。



 翌日。


 仕事の合間、以前容生に会った時間帯にウィシュアは公園を訪れた。だが、彼の姿を探すも見つけることはできなかった。


「きゃっ、ごめんなさい」


「どこ見てんだぁ? こらぁっ!」


 考え事をしていたせいか、目の前に迫る人間に気づかなかった。


 このあたりはビルの陰になっていて人目があまり届かない。


 大柄な男数人がウィシュアに絡む。


(人間の中には容生さんのように殺されたがる個体が一定数存在するのでしょうか。人を殺すことで罪悪感というものが私の心に生まれるのかどうかも含めて試してみましょう。正当防衛ですし)


「死んでみますか? 死に至る電流をすぐに発生させられますが……」


 彼女は淡々と告げ、両手の強化型スタンガンから火花を散らせる。アンドロイドが被害者になる事件が増えていたので護身のために所持していたのだ。


「「「うわああっ」」」


 彼らはクモの子を散らすように逃げ去った。


(死ぬことをとても恐れているようでしたね。やはり容生さんの気持ちは一般的ではないのかもしれません)


 ウィシュアは人間の行動と、それを引き起こす源になる力についてもっと理解したいという強い思いにかられた。



 休日、市立図書館を訪れたウィシュアはさまざまな文献ぶんけんを読みあさった。ネット上の情報だけでは足りないと思ったからだ。だが、思ったような成果はなかった。対アンドロイドの場合の人間の心理状態や行動理論がまだ十分研究されていなかったためだ。


 ただ、人間が機械に感情移入することは好ましいことではないとの論調が現在の主流であり、人間が本来持つ種の存続本能を時に低下、減退させる存在になってしまっているアンドロイドへの風当たりが厳しいものとなっていることは確かだった。


 ウィシュアは自分が容生に愛着や執着を感じることはやはり禁忌きんきであるのだと再確認した。



 数日後。幹線道路沿いの並木道。


「ウィシュア!」


 容生の声だとすぐに分かった。


 海を埋め立てて出来た小さな街だ。頻繁ひんぱんに出会うのも不思議なことではない。


 彼は切羽詰せっぱつまった様子だった。疲れの浮かんだ顔に、焦りの色が見える。


「どうしたのですか」


 再会の喜びを胸に押し隠してたずねる。


「実は……」


 会社で彼の転属が決まったのだそうだ。職務内容も勤務場所も大きく変わるようで、大きな戸惑とまどいが手に取るように伝わってきた。


「もう会えなくなる」


「……。それは残念です」


 ウィシュアはあくまで冷静を装った。自分の素直な気持ちにふたをして振る舞った。容生に余計な未練を抱かせたくなかったからだ。もう会えないのならなおさらだ。


「それで、その……」


 冷徹なウィシュアの様子に気圧けおされたのか、彼は何かを言おうとするも、すぐに押し黙ってしまった。

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