第4話 迷走

左近寺さこんじ君、ちょっと」


「何でしょう」


 職場において容生の立場は危ういものだった。職務成績も決して良くはなく、加えて身体が弱く病気で欠勤がちな彼の評価はかんばしくなかった。


「これ、お願いできないかな?」


 上司が示してきたのは新しく設立する部署の説明書類だった。


「君にここで資料整理業務に当たってもらいたいのだが……」


 事実上の左遷させんだった。誰もやりたがらない地味な作業。だが誰かがやらなければならない、そんな部署への異動命令だ。


「……」


 沈黙する容生に上司は容赦なかった。


「この写真、心当たりがあるはずだ。写っているのは間違いなく君だろう?」


 そこにはウィシュアとベンチに腰かけて会話する容生の姿があった。十代半ばの外見をした少女と仲睦なかむつまじげに談笑している様子はどう考えても問題だった。第三者には彼女がアンドロイドか人間かの判別などつくはずもないだろう。


「この写真の件は不問にするから、行ってくれないか?」


「……」


容生はショックを受けるその一方でほのかに喜びを感じていた。写真の中のウィシュアの表情が考えていた以上に明るく、自分に対して開かれたものだったからだ。彼女との良好な関係を感じられて安心できた。


「嫌だというなら……申し訳ないが、写真について査問委員会が開かれることになる。最後に……今回のことは私のせいではないということだけは言わせてくれ。この写真は上から回ってきたものだ。今更いまさらどんな言い訳をしてもくつがえせない。すまないな」



 時間の余裕ができた容生はブラブラと街をさまよい歩いた。今の部署への未練はもう吹っ切れていた。仕事に対する態度や考え方において周囲との食い違いを指摘され、自分でもそれを感じていたからだ。だから閑職かんしょくはありがたかった。


 木々の揺れる音が妙に心地いい。業務の引継ぎを行う以外はこんを詰める仕事もない。開放感が容生の心身をリラックスさせる。


 ウィシュアの姿が脳裏によぎる。彼女は優秀そうだった。自分のように仕事のできないはみ出し者ではない。ならば出来ない自分は教えをえばいい。世間ではこうしてアンドロイドを人間と同列に語ること自体がおかしなことであるとの考えが一般的だった。ましてや機械に何かを教わるなど言わずもがなである。だが容生は気にしなかった。さきほどの写真の件でもそうだ。人かアンドロイドかの見分けも付けられないような人間が何を偉そうに言うのか。


 容生は固定概念や先入観が大嫌いだった。それは幼少期から自分に向かってラベルを貼るように『おまえは大人しくて思い切ったことなどできないのだから、人の後ろをついていけばいい』と決めつけ、そこに縛りつけてきた親や教師に対する反感からくるものでもあった。



 翌日。出社した容生を待ち構えていたのは悲劇だった。


 新部署の設立地が具体的に決定し、なんとそれが海外になるとのことだったのだ。


「それじゃ、しばらくはゆったりと過ごして構わないから」


 呆然ぼうぜんとする容生の頭上を上司の言葉が通り過ぎていく。

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