第3話 名前
数日後、正午過ぎ。容生は仕事の昼休みにこの間飲みつぶれて横になってしまった公園のベンチにいた。
「あなたは、この間の……」
彼の
容生は思わず息をのんだ。この間は気づかなかったこのアンドロイドの持つ色気のようなものを感じたからだ。
「名前も伝えていなかったね。僕は
軽く頭を下げて気持ちを伝えた。
「謝っていただく必要なんて……。こちらこそ申し訳ありませんでした。アンドロイドごときが人間に偉そうな口を利くなんて……」
彼女がほのかに
「いや、構わないよ。僕なんて別に偉くもなんともない」
「それにしても、左近寺さんのように私たちに敬意を払ってくれる人間なんて見たことがありませんでした。だからとても新鮮です」
「そうなのか? 一応アンドロイドに対して
「そうでもありませんよ。社会的地位が高くなるほどに私たちに対しての態度が劣悪になる、という調査結果を見たこともあります」
「そうなのか。意外だな。ところで君の名前を教えてくれないか」
「ありません」
「えっ」
「名前は付けられていません。私の主人はそういう方なのです」
「……。じゃあ、どう呼べばいい?」
「そうですね……。首の後ろにシリアルナンバーがありますから、その番号で――」
「それでは駄目だろう」
「どうしてですか」
「単なる数字の
「どういうことでしょうか」
容生はそれには答えなかった。
「君には感謝している。名前がないのなら僕が付けてやろう。そうだな……」
「……」
「ウィシュア、はどうだろう。希望の『wish』から取ったんだ。
「あなたにとって私は希望だと……?」
「そうだ」
「……。私はどうすればいいのですか」
「何も。君はそのままでいいんだ。どこで働いているとか、誰に雇われているとか、そんなことはどうでもいい。ただ僕とここで出会ったときには僕を認識して欲しい、それだけだ」
「認識、ですか」
「そう。嫌なら別に話してくれなくても構わない。
「……」
「一方的に話してしまったね。すまない。ウィシュアから僕に要望はあるだろうか」
「私は……、左近寺さんにまたお会いしたいです。なぜだかは分かりません。本来雇い主に対してすらそのような感情は抱くはずがないのに……。どうしてでしょうか。確認してみます」
ウィシュアはベンチに腰掛けてしばらくのあいだ目を閉じた。
「おかしいですね。感情統制に関してのデータ更新はなされていません。私、どこか調子が悪いのかもしれません。今日のところはこれで失礼します」
容生は人間と寸分たがわぬ歩き方で遠ざかっていく彼女の姿をぼんやりと眺めていた。
翌週、容生は会社の受付で見慣れない身分証を提示する若い女性を目撃した。カードそのものが発光してデータを表示している。
「今の人って……?」
受付の女の子に尋ねた。
「ああ、アンドロイドみたいですね。いや、すごいです……。わたしも全然人間と見分けがつきませんでした……」
「へえ……」
ウィシュアもああいう身分証を携帯しているのだろうか。やはり自分は彼女に
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