幸せのドクターイエロー。

 初夏に咲く花のような色が、頭上を通り過ぎていった。


「ドクターイエロー!」


 誰かが歓声をあげた。黄色い新幹線。幸せのドクターイエロー。


 五月の青空にパキリと映えわたる黄色が、私に一筋の希望を与えた。




「きっと、きっと、見つかる」





『マロンが帰ってきません』


 父からLINEが届いた。ワイルドな雄猫のマロンは、外に出て散歩するのが大好きな猫だ。


 今までも一日帰ってこない日がしばしばあった。だから、私は少しも心配なんかしていなかった。


 そのうち、庭からひょっこり可愛らしい顔を見せてくれることだろう。五月になったから、トカゲを追いかけて遠くまで行っているのかもしれない。



『今日も帰ってこないよ』


 二日も帰ってこない、という知らせを受けた時は流石に心がざわついた。


 もう十五歳になる。ヨボヨボのおじいちゃん猫だ。どこかで怪我をしているのだろうか。


 帰ってこられない理由をあれこれ考えては、不安で居ても立っても居られなくなった。


 マロンは好奇心の強い猫だ。子猫の時、ご近所さんの車の中に入りこんでいる時があり、肝を冷やした。(荷物を出し入れしている時に、滑りこんでしまったらしい)



 今回もどこかに入りこんで、出られなくなったのかもしれない。五月といえど、日中は暑く、夜は寒い。もし閉じ込められているのだとしたら、一刻も早く出してあげたい。



 マロンがいなくなって、三日目。


 私は息子を連れて実家を訪ねた。


「マロンちゃん、どこいった?」


 まだよく事情を理解出来ない息子は、猫探しを楽しんでいるようだった。部屋の中を探し回り、駆け巡っては笑い声をあげている。


 私は息子の手をひき、母と一緒に外へ出た。さわやかな風が通り抜けていったが、陽射しは強い。


 マロンの好きなエサを持って、近所中を探し回った。早く、あのオレンジの毛並みを抱きしめてあげたかった。家のやわらかいベッドの上で、寝かせてあげたかった。


 けれども、どこにもオレンジ色の猫を見つけることが出来なかった。


 もしかしたら……。

 もしかして……。


 そんな時だった、ドクターイエローが通り過ぎたのは。


 不安を切り裂くような、明るい黄色。幸せのドクターイエロー。初めて見た。


「きっと、マロンは無事だ」


 見れたら幸せになれる、という伝説のような言葉にすがって、私は希望を持ち直した。


「大丈夫。きっと。大丈夫」




***




『近所の小学生が教えてくれました』



 別れというのは唐突にやってくるのではなく



『坂の途中で、車にはねられ』



 いつも隣にいるのに、見ないフリをしているだけだ。



『亡くなったそうです』



 どうして、自分だけは。自分の大切な人たちだけは、



『区役所に聞いたところ』



 絶対に悪いことが起きないと思ってしまうのだろう。



『オレンジ色の猫を火葬してくれたそうです』

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