ジャジャジャのイケメン。
私はゲームが下手だ。ただの下手ではない。超がつくほどの下手くそである。
スーパーマリオなら、一番最初に出てくるクリボーでゲームオーバーになるし、レースゲームなら、前進しているのに、何故だか逆走する始末である。
なので、ゲームはもっぱらストーリーを読み進めるゲームしかしたことがない。
けれども、私はRPGやアバターを動かして遊ぶゲームに憧れを抱いている。
映画のような美しい映像に、音楽。可愛らしいアバターを作って、ゲームの中ですごしてみたい。
超がつくゲーム下手な私だけれども、ずっとその憧れは捨てられずに、いくつものゲームを試してきた。
だが、結果は散々であった。超下手くそな私にとって、今のRPGは難しい。まず、やることが多い。デイリークエスト、イベントクエスト、さらにはギルドに加入うんぬん……。そして、長いチュートリアル。
キャラクターを操作するだけでも一苦労なのに、私の脳みそのHPはゲームを始める前から0に近かった。
それに、私自身、最大の欠点がある。
それは、びっくりすることが苦手ということである。
とあるゲームで、広くて気持ちのいい草原を走っていた時のこと。突然背後から「ウェーイ!」というパリピな掛け声と共に、攻撃されたことがある。
絶叫した。何故この平和な風景の中で攻撃を?
恐らく多くのプレーヤーにとっては、雑魚な敵であったのだろうが、私にとっては脅威であった。
大きな音、突然の敵襲、戦うこと……。
無理!!
こうして、泣く泣くゲームを引退するのである。そうだ、私には向いてないのである。どんなに憧れを抱いたとしても、向いていないものもあるのだ……。
そんな時である。私は理想のゲームに出会った。
星、空、草原、洞窟。美しい映像とやさしい音楽。
その中を、のんびりと歩いたり、楽器を奏でたり、空を飛んだりするゲームである。可愛らしいフォルムのアバターも、私の心を大きく動かした。(ちなみに戦闘は一切ない)
説明も操作説明のみ。空を飛ぶ方法と、感情を表すモーションを集めること。
後はプレーヤーの自由に過ごすがいい! という、シンプルかつ簡単で、まさに理想中の理想。
実際、ゲームをしてみて、私はその世界観に瞬く間に魅了され、操作はぎこちないものの(ジャンプしたら、段差にハマるなどしている)、そのゲーム内を訪れることが癒しであり、日課となっている。
だが、一つだけ。
唯一いただけない点があるとすれば、フレンド機能である。
このゲームはオンラインゲームのため、自分以外にもプレイヤーがいる。ゲーム内で知り合った人とフレンドとなり、集めた感情を表すモーションを使って一緒に遊んだり、チャットしたりすることが出来るのだ。
臆病な私は、ソロでいることを非常に熱望した。
ゲームがめちゃくちゃ下手くそな私と遊んでも、きっと面白くないし、相手をがっかりさせてしまう。それに、知らない人と話したり、話しかけられたりするのは、恥ずかしいし、何よりもハードルが高い。
リアルの世界でも、友達は多い方ではない。気の許せる数人の友達がいてくれればいい。そう思っているタイプなのだ。
だから、ゲームの中でも同じでありたい。
私は、私のペースで、一人で遊びたいのだ。
周囲のアバターが手を繋いでいる場面や、チャットしている場合に何度か出くわした。その度、私にはあんなこと絶対出来ない。世界がちがう、とふるえていた。
ゲーム内で、そばに寄ってきてくれた他のプレーヤーには、ごめん! の意味をこめて、お辞儀のモーションをし、脱兎の如く逃げていた。(逃げ足だけは、早かった。そして、段差にハマる)
ゲームを始めて二週間ほど経ったころ、私は全てのステージをクリアし、操作にも慣れてきていた。(だが段差にはハマる)
このゲームなら、私でも出来る。やっと見つけた! 理想のゲームを!
調子にのりにのった私は、ラストステージへ向かうことにした。
この場所は、ラストなだけあって暗くて怖い。そして、そこには不気味なキャラクターがいる。遭遇するだけで、心臓はバクバク跳ね上がり、指がふるえるほどだ。
けれども、その日はなんとなく行ける気がしたのだ。軽い気持ちで、ラストステージへ向かった。
序盤から突風に飛ばされたり、段差を登れなくてコロコロと転がった。そしてやはり、不気味なキャラクターが怖くて心が折れそうになった。
やっぱり、無理!
調子にのってすみませんでした!
悲鳴をあげた時。私は出会った。
二人のイケメンに。
先を行っていたプレーヤーが、戻ってきてくれたのだ。
長身のアバターは、背中に松明の杖を背負っている。隣まで駆けつけてきて、声を(この場合、アバターが「ポピー」と鳴く)かけてくれたのだ。
突然の出来事に、私は目をパチパチさせた。すると、もう少し先でまた「ポピポピ」ともう一人のアバターが鳴いた。
キラキラさせる魔法を出して「こっちへおいで」と場所を示してくれている。
私は長身のアバターと共に、もう一人が待つ場所まで行った。
もう一人のアバターは、短髪にブルースカイのケープを羽織っていた。
どうやら、助けてくれた二人もフレンド同士ではないようだった。
イケメン二人が並ぶと、それはそれは壮観であった。二人の姿がまぶしくって、一度スマホを置いて合掌したほどだった。
勝手ながら、松明を背負っていたアバターを『めっちゃイケメン』と呼び、ブルースカイケープのアバターを『応援感謝イケメン』と呼ばせてもらうことにした。
二人は、行く道の先で「こっちだよ」と合図を送って待ってくれる。
苦手なキャラクターがいる場面では、ひたすら『応援感謝イケメン』が隣で励ましくれ、『めっちゃイケメン』が松明を灯して援護をしてくれた。失敗続きの私だったけれど、二人は見捨てず、ずっと付き合ってくれたのだ。
リアルの世界で例えるのならば、渋谷のスクランブル交差点で、人や車が怖くて渡れない。
「どうしようか。せっかく来たけれど、ここは私には無理だったんだ」と交差点手前で途方にくれている人を見つけて「大丈夫だよ。一緒に行けば、なんとかなるさ」と手を差し伸べてくれる、そんなやさしさにちかいものだった。
彼らは先に行くことも、自分のペースでゲームを楽しむことが出来たのに、粘り強く、時間をかけて、超下手くそな私と一緒に進んでくれたのだ。
一人でいることを望んでいた世界で、思いがけないやさしさをもらった。こんな世界があるんだと思った。頑なに開こうとしなかった心に、あたたかい火が灯った瞬間だった。
私は、一番嫌だと思っていたフレンド機能を、自ら使うことにした。
ラストステージの恐怖が、そうさせたのかもしれない。けれども、決してそれだけではい。決してないと思う。
助けてくれた二人には、感謝と憧れがあった。なによりこの広いゲーム内で、二度と会えなくなってしまうことが、とてつもなく嫌だと思ったのだ。
そうして、私はイケメン二人とフレンドになった。フレンドになると一番初めに出来ることがある。それは『手を繋ぐ』ということだ。
『めっちゃイケメン』が手を差し出している。
迷わず握り返した。
隣で『応援感謝イケメン』が拍手をして、花火をとばした。私たち三人は、そうして最後までラストステージを走りきったのである。
ゲームクリア後、プレーヤーたちは強制的に離れ離れにさせられる。
ああ、また会えるといいな。
いい人たちだったな。
そう思っていた時だ。エンディングが始まる手前に人影が見えた。「ポピー」と声が聞こえた。二人が手を振っている。待っていてくれたのだ。
ゲームをクリアしたのだから、先に行けばいいのに。
笑いがこぼれて、少しだけ涙が出た。ゲームで泣くだなんて、思わなかった。
二人の姿がまぶしかった。後光が差していた。
これが……
尊死というやつか……。
その時の私の喜び様といったら、とてつもなかった。アバターをぐるぐる走らせ、ジャンプし、出来うる限りの喜びをゲーム内で表現した。
三人で喜びあった後、唐突に『めっちゃイケメン』が、魔法でテーブルと椅子を出した。チャットテーブルである。お話しようと誘ってくれたのだ。
気持ちが昂っていた私は、何も恐れることなく「うん、いいよいいよ! 話そう! 話そう!」と意気揚々に腰をかけた。
会話が始まる。
めっちゃイケメン「Hi」
応援感謝イケメン「Hi」
ホワッツ!?
……おっと?
……これは……英語? 英語圏の人?
先ほどまでの高揚が、一気に引いていくのがわかった。手汗がものすごい。
この時まですっかり忘れていたのだが、このゲームは日本以外の国でもプレイされており、出会う人が日本人だとは限らないのである。
私「hi」
動揺と焦りのあまり、小文字で返信してしまった。恥ずかしい。
応援感謝イケメン「Fun」
どうしよう。私は英語が出来ない。なんとか、伝えなくてはと思った私は「日本人です」という単語すらもパニックのあまり出てこなかったため、絵文字で日本の国旗を送った。
めっちゃイケメン「(スペインの国旗絵文字をおくってくれる)」
スペインの人なのか。
どうしよう、どうしよう。翻訳アプリは入れていない。
『めっちゃイケメン』も『応援感謝イケメン』もどちらもヨーロッパの人らしかった。互いに英語が不慣れなのは理解したが、何とか会話をしている。
私「English むづかしい」
ああああ、と頭を抱えて悶絶する。何もかも間違っている。もはや、母国語すらも間違えている。
落ち着け、私。単語だけでも会話できるはずだ。
呼吸を整えた時、『めっちゃイケメン』が追い討ちをかけてきた。
めっちゃイケメン「jajajaja」
ジャジャジャって何!?
ジェジェジェなら知ってるけども! ジャジャジャって単語あった?
私はさらなるパニックに陥った。
後に知ることになるのだが、この「jajajaja」というのは、スペイン語で笑い声を表す文字である。日本でいうなら「www」がそれにあたる。
『めっちゃイケメン』は、私が不慣れなことも、英語が上手くないことも察して、笑ってくれたのである。
目がぐるぐる回った。けれど、お礼を伝えなければ!! 私は二人にありったけの感謝を伝えたいのだ!!
私「Thank you」
悲しかった。語彙力の乏しさと、英語を真面目に勉強してこなかったことを、これほど後悔したことはない。
リアルの世界ならば、身振り手ぶりで何とか乗り越えられるかもしれないのに……。スマホの画面越し、はるか遠くの国にいる、顔の知らない相手を思って、もどかしくなった。
めっちゃイケメン「OK」
そう言って、彼はアバターを使って拍手してくれた。『応援感謝イケメン』は紙吹雪を飛ばして、ジャンプした。
はっとした。
伝える手段があるじゃないか。
私はお辞儀のモーションを押した。降り注ぐ紙吹雪の中で、お辞儀をし、軽やかに飛び跳ねてみせた。
そうだ、このゲームは感情を表すモーションが使えるのだった。ゲームの説明が何故少ないのかも、わかった気がした。
「こうやりなさい。言われたとおりに動きなさい」
そうではないのだ。
困っている人がいれば、助けることも出来るし、通り過ぎることも出来る。自分の世界を大切にしてもいいし、他者の世界を知ってもいい。
この美しいゲームの中は、非常にリアルと近い世界なのだ。
言葉が違くても、国が違くても、繋がりあうことは出来るのだ。
私たちの持つ、感情は同じだから。
所詮、ゲームだと日常の隅に置いてしまうことは出来るけれど、私はしたくなかった。ゲームだからこそ、きちんとしたかった。架空の世界だけれど、繋がりはあるのだ。それを、おろそかにして、本当の世界を歩きたくなかった。
最後に私たちは互いの名前を交換した。『めっちゃイケメン』はダニエルという名前で、『応援感謝イケメン』はイオリという名前だった。
時差があるので、なかなか会えずにいるが、たまに私は彼らに会いにいって一緒に遊んでいる。
(イオリに関しては、日本時間の3時から16時までログインしていることが多い。暇人なのかな?)
相変わらず、私は段差にハマったり、落下したりしているけれど、今は日本人のフレンドもいる。
ゲームでどう過ごそうかは、自由である。けれど、この世界はやさしさであふれている。関わることを避けてきた私だけれども、今は少しずつ、少しずつ変わってきていると思う。
広い青空の下で、アバターを寝転ばせながら、私は珍しくダニエルがログインした通知を受け取って、会いに行こうか、どうしようかドキドキしながら考える。
そうして、飛び立つのである。国も時間も飛び越えて「会いにきたよ」と伝えに行くのである。
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