後編 全ての鍵はオウムが握っている


「名誉人類?」

『うむ。その7番目だ』


 名誉人類:偉業を成し遂げた優秀な人物を見本となるべき優秀な『人類』の『サンプル』としてデータベース化されたもの。現在ナンバリングは200番台まで存在し、用途は様々な分野のAIとして活用されている。主な用途先として、宇宙船、金融、医療施設の他、生活基盤の多くを支えている。


「そんな…」


 ちょっと待て。

 それなら【先生】は完全なシロ、だ。

 悪意なんてひとカケラも無い。


 【名誉人類】という存在は呼び方はキレイだが、今となっては未来永劫人類に奉仕するべく利用されているシステムの一つであり、人柱と同義だ。人格はデータがマクロ化していくたび『個』としての核を失っていく。またナンバリングが新しくなる度に古いナンバーは破棄されていくのだ。

 No.7という古いナンバーを持つ【先生】がこれほどまでに自我を保っているのは奇跡と言ってもいい。


「貴方が…」


 オウムの中身は設立者どころの話じゃなかった。人類の遺産だった。

 しかも一桁台のナンバーとなれば、千年以上は昔の人だと思われるし、もはや歴史上の人物だ。

 そんな雲の上にも等しい【人】が僕に誘いを断られてしょんぼりしている。


 お人好し、善人ばかりの被害者、鳥が好き、先生は名誉人類…。

 いろいろな感情が頭を巡って軽く思考が停止した。


「あの…純粋に疑問なのですが、どうしてこのシステムを作ったのですか?」


 何もここまで突き詰めて鳥にならなくても体験で十分ではないだろうか。

 人類の遺産がなんでここまで、と思わないでもない。


『そうだネ…理由…理由か…。とても楽しかったから…カナ?』


 【先生】は首を傾げて考え、ポツリポツリと話し始める。

 もともと鳥好きであったこと、偶然手に入れた生体に自分の意識の一部を移したら物凄く楽しかったこと、その体験が忘れられずにこの施設を作ったのだということ。


『もう何年も前になるのだけれど、初めて鳥の体に意識を移した時に猛烈に空を飛びたくなってね、環境に適した惑星を見つけては空を飛んだんだ』


 【先生】は懐かしそうに思い出を語る。【名誉人類】になってしばらくして、初めて自我の末端を小鳥に移植して大空を飛んだ。すぐさま鷹に鷲掴みにされて命を落としたけれど、その時の感覚が強烈に残っている。


 薄ぼんやりとした世界が一瞬でピントを合わせ鋭くなったようなそんな感覚!


 どうしてもあの時の体験が忘れられなくて多くの鳥が生息する惑星トリノを丸ごと買い占めた。


 震えるほど感動した! とにかく凄かった! 

 【名誉人類】になって初めて生きていると実感したのだ。

 

 この感動を誰かに共有したくて『疑似体験システム』を考案した。

 生身の人間でも体験できるレベルまで何度も自分で試行錯誤した。実際に何度か死亡事故は起こっているが、無事に生還した人間だっているのだ。


『でも、確かに絶対に安全とは言えないよね、ワタシもタカトリ君には死んでほしくないカラネ…』


 どことなくしょんぼりした様子の【先生】にいよいよ不安になる。

 【名誉人類】がこんなに気弱でいいのだろうか。

 お人好しの犠牲者という単語が脳をよぎる。


「あの【先生】は死ぬ時、怖くはないのですか?」

『怖い? …怖くは、無いかなぁ…。そりゃあちょびっとは痛いけれど、それだけさ』

 

 【先生】は【死】をなんてことのないように言う。

 長く長く生きたおかげで生も死も全てが曖昧になったのだ。


『そもそもワタシは死ぬことなんて無いし、何度も【死】を体験したけれど、今となってはちょっと刺激的だな、と思うくらいかな』


 肥大化した【先生】のデータは末端のデータが多少消えたぐらいではびくともしない。


 でも、だからといってそれが平気だなんて…。


 僕の心臓がちょっとだけ痛くなる。


 それは…とても寂しいことなんじゃないか?

 うまく言葉にはできないけれど、なんだか切ない気持ちになる。

 調査だとか仕事だとかを別にすれば【先生】が喜ぶなら同じ気持ちを体感するくらいいいんじゃないかとさえ思うくらいに。


『ワタシにとっては良い気分転換なんだけど、君にはまだ早かったネ』

「そうですよ、あと100年くらい待ってくれますか?」

『うんうん、いつでもおいでヨ』


 【先生】には僕のほんの小さなジョークすら通じない。


「…僕だけじゃなく、一般の人にもまだ早いと思いますよ」

『そうかい?』

「そうですよ、だからまだダメです」


 伝わっているのに伝わらない気持ちがあることを知る。


『だめかな?』

「ダメです」

『少しなら……』

「だめです」


 きっちりと念を押して言いくるめた。


『タカトリ君はしっかりしているなァ』

「そうでもありません」


 時間も感覚も共感できない【先生】と僕。

【名誉人類】なんて存在はそもそも人間に害を与えることができないように出来ているのだ。

 僕が良いというまではダメだ、ときちんと言い聞かせればそれで解決だ。

 たとえ僕が死んでいなくなってもどうにか理由をつけてダメだと伝え続けよう。


 依頼主にはこの問題は解決したと報告する。

 正直に事情を説明したとしても、【名誉人類】が相手ならば全く問題ない。…本当にそれだけの価値と信用があるのだから。




 【先生】を残して僕はしばし仕事へと場を戻すことになった。

 今回の調査報告をまとめて、報酬をもらって諸々の些末事を片付けたら、今度こそ本当にバカンスとして惑星トリノへ行こう。

 僕はお人好しでも善人でもないから死んだりしないし、何かトラブルが発生したら、【先生】の弁護くらいはしようと思う。

 どうしても誰かに体験をさせてあげたくなったら同調率を下げるなら、と許可をしてもいい。


 それに…これは【先生】には秘密なのだけれど、100年後くらい時が経てば僕だってお人好しになってもいいかな…なんて本当にちょっとだけ思ったりしている。




 終

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風を感じたことなど無いはずなのに、この翼は常にそれを求めて震えるのだ。 柴犬丸 @sibairo

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