中編 オウムの【先生】



 【鳥好き仲間】として【先生】と語り合うようになってから一カ月後、ついに新しいサービスについて紹介された。


「1段階上のサービス、ですか?」


 これだ、と思った。

 おそらく常連にだけ開示される【裏メニュー】。

 あれから一カ月、この施設を調べたけれど設備や料金プラン、全てに至るまでおかしな所は何もなかった。何か特別なことがあるとすれば僕が【先生】と会話をしているという一点のみだ。

 【先生】は本当に鳥が好きで、長期にわたって鳥類の体験ポッドを愛用している客にしか声を掛けないらしい。純粋に顧客の声を聞きたいという目的もありそうだけれど、一番は愛好の途として会話を楽しみたいのだろう。さすがに長く話していれば【先生】の傾向も分かって来る。


「ちなみにどんな内容なんですか?」


 興味を引かれると同時にちゃんとお仕事もする。

 違法性があるかどうかも調査しないとならない。ついうっかり自分も楽しんで体験してお尋ねものになってしまってはマズイし、線引きだけはきっちりとつけないとだめだ。問題は解決したが犯罪者になりました、だなんてとんでもない。探偵としても非常に外聞が悪い。

 …正直、ここでの生活が楽しすぎて調査対象であるのに【先生】にちょっぴり好感をもってしまっているという僕の事情もある。


『なに単純なことサ、【本当に鳥になってみたくないか?】』


 【先生】の後ろの壁にあったモニターが点灯し、アナウンスが流れ始める。


 ~生体同調率100%プラン~

 料金の追加請求は無く、人間としての情報を一度全てデータに変換し、地上に生きる本物の鳥と完全にリンクさせる。この間、本体はコールドスリープ状態となり、鳥の人生を全うするまで目覚めることは無い。

 鳥として生活する間は、この宇宙コロニーのシステムの一部としてデータベース化され感情や体験は全てデータとなって保存されるというもの。…生も死も全てだ。


『まあ、簡潔に言うと実際に鳥になって生活できるということなのだけれどネ』


 【先生】が自慢気に笑う。

 生体に同調する? しかも100%?

 もしかして今目の前で上手におしゃべりをしているオウムの【先生】もこの技術を使っているのだろうか。


『あ、もちろん途中で人間に戻りたくなったらエスケープ機能があるからいつでもストップすることはできるし、その辺は安心してくれたまエ』


 確かに離脱する機能があれば安心だが、そも自然界では死は突然にやって来るものではないか。


 …なるほど。


「たしかに、非常に魅力的なことではありますが…でもこれ、僕死にますよね?」


 鳥として死んだら本体の僕も死ぬだろう。


『大丈夫、こちらに残った本体はコールドスリープ状態で管理するので老いて死ぬことは無いヨ』


 僕の不安そうな顔を見て、【先生】があれこれと補足してくれる。

 けど、違う。そっちの問題じゃないんだな。

 何のガードもない生身の意識に借り物の体といえ【本物の死】を体験したら、いくら本体が無事でも精神が無事ではすまない。それに、本当に本当に安全ならば通常のサービスで提供されているはずだからだ。隠す必要が無い。


 同調率100%とはそういうことじゃないか。仮初の体の【死】も100%体感する。…100%じゃなければあえて数値で出す必要はないだろうに。


『生きるか死ぬかの体験がデきるってところがいいんだヨ』

「それはそうかもしれませんけど、人間だって一度死んだら終わりですよ」


 人間だって鳥だって、生物である以上死んだら終わりだ。

 化学は発展していろいろな生命維持法が確立れされているものの、根本的な部分に変わりはないし、莫大な資金が必要になるため僕ら貧乏人はそれこそ縁がない。


『確かに死亡すル危険もあるので誓約書を書いてもらうことになるけれど』

「誓約書?」

『そうそう、サーチ【誓約書】』


 【先生】の言葉に再びモニターが起動し誓約書の説明が始まる。

 命の危険があること、万が一事故が起こった場合は施設に責任を問わない事等、一般的なスポーツの誓約書と何ら変わりがない。


「……なるほど」

 やっぱり原因不明の死者が出るという話はやはりこれのことだろう。データの先での死ならば外傷も無い。

 悲しい事故があっても誓約書があり本人も納得済みのため、裁判沙汰にもならない。親族からすれば、死因も分からず詳しい説明もないのだから不審に思っても仕方がない。該当者が一様に善人でお人好しならばなおさらだ。悪い人間に騙されたのかと疑ってしまうのも納得できる。


『まあ無理にとは言わないヨ、タカトリ君は既存のサービスで十分楽しんでいただけているようだし…これは本当に希望者のみのプランだからネ』

 先ほどまで熱弁を振るっていた【先生】は少ししょぼくれた様子で羽づくろいを始めた。


「………」


 なぜだろう、まるで僕が悪いことをしたような気分にさせられる。

 僕が喜ぶだろうと思って本や映画を勧めるのと同じようにこのプランを教えたけれど、喜んでもらえなかった…みたいなそんな空気だ。


 え、今のってそんなに普通の日常的な会話だったか?

 なんで僕がこんなに罪悪感みたいなものを感じているんだ??

 8Gバンジーとかの話じゃないぞ?


 むしろ今の会話の感じからして【死ぬ事なんて大したことでは無い】といったような雰囲気すら感じる。


 なんだろう…私たちが嚙み合っていない、その原因。


 …そもそもオウム姿の【先生】に慣れ過ぎてしまったから違和感が全く無いのだけれど、【先生】は既にあのオウムと完全に意識を同調しているのだろうか。だとしたら【先生】にとって同調率100%など当たり前のことなのかもしれない。オウムとしての人生もそこそこ長いのか、かなり堂に入ったオウムぶりだ。

 …そういやオウムの寿命は長いんだったっけ。


「…すみません、答えていただけるならばでいいのですが、【先生】のお名前を教えていただけますか?」


 思い切って尋ねてみる。

 いつまでも【謎のオウム】と話をしていては埒が明かない。


『そういえば名乗ってなかったね、ワタシは【名誉人類:№7】とイう』

「え?」


 とんでもない単語が飛んで来た。

 僕は目をまるくして【先生】を眺める。


「名誉人類?」

『うむ。その7番目だ』

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